どこの国かと言わずとも、当ブログにお越しの皆様は、既にお分かりかと存じます。剣道だ茶道だ古寺などの建造物はわが国が起源だ、果ては日本語、そして日本という国そのものまでわが国が起源だ!なんていうトンデモ話を耳にしたことがありますが、仮にそうだとしたら、自分達を取り巻く問題や困難も回りまわって結局は自分達の責任ということになる。
こういったことに気付かず、今日も元気にコンプレックス丸出しの粘着ストーカー根性全開で、両論をせっせと『作り』続けるかの国の人たち。さて今日はどんなトンデモ珍説が飛び出すのか。こちらをご覧下さい。(ソウル新聞から以下引用※韓国語)
■日帝残滓の「文法解析」英語学習
大韓民国ほど教育熱が高い国は無い。小学生は音楽・美術教室や塾に通い、中高生は予備校、大学生は資格学校・英語学校に通う。会社員は英語・日本語・中国語など第2外国語の学習に多くの時間を投ずる。全国の書店はどこも英語本が山積みで、テレビやラジオでも朝から晩までいつでも英語講座が流れている。
ところが、まことに奇妙なことに、全国民がまるで「英語を学ぶという歴史的使命を帯びてこの地に生まれてきた」かのように熱心に勉強しているにもかかわらず英語が上手な人は珍しいのだ。
どうして英語ができないのか。結論から言えば、その理由は「英語が難しいのではなく、英語を難しく学んだから」だ。学校で英語を教えているのを見ると、まるで「どうすれば難しくて理解できない教え方が出来るだろうか」とわざわざ考案したかのような方式で、ひねくり回して英語を教えている。
ちょっと練習すれば簡単に身につく文法事項を、受動態を能動態に戻したり話法を変えて文章転換をしたりして必死に学んでいる。また、そのまま語順どおりチャンク(chunk。意味の纏まり)で読んでいって解釈すれば直読直解できる英文読解も、文章を一つ一つ暗号解読でもするかのように下線を引いて、主格・目的格符号を書き込んで行きつ戻りつして読ませるなどして、難解な暗号文書に仕立ててしまう。
そうなると、「こんな英語の教え方を始めたのは誰なのか」という疑問が生ずる。正解は、1919年から日帝が外国語教育を中学校で実施してから、だ。当時、英語教師の大部分は日本人だった。
彼ら教師は、自分が教えている英単語の実際の発音がどのようなものなのか一生に一度も聞いたことのない純国内派日本人だった。日本語は発音が50音しかないから、taxiは「takushii」、Mc-Donaldは「makudonarudo」式の英語発音しか出来ない。
このように発音の悪い日本人教師らは、韓国の生徒らの発音教育を始めから放棄したばかりではなく、日本人の「英語発音恐怖症」までそのまま生徒らにもたらした。かくして、英語を「生きた言語」ではなく「学術的な研究分析の対象」として見る「文法解析する英語学習法」を伝授した。
ネイティブスピーカーと話す機会が無く、英書や英語雑誌を通じて英語を勉強して教えなければならなかった当時の状況を考えれば、理解できる面もある。実際に英語を使ったことが全然ない日本人教師らが一番自信ある点こそ、「文法解析」だったのだ。まるで、自動車の運転を学びに来た生徒たちに肝心の運転方法は教えないで、いきなり「自動車分解法」「付属品組立法」などばかりを熱心に教えようとするようなものだった。こんな教え方だから、いくら熱心に学んでもキリがなく、実力は上がらないし英語がますます複雑に感じられるようになるのだ。
それでは、どのように勉強すれば英語が易しく感じられるようになるのだろうか。来週から、その知りたいことがすっきりと分かるように解説しようと思う。
あれえ?おかしいなあ。確か『日帝占領期(韓国併合中)』は世界で最も苛烈な抑圧を受けたとか言ってますよね?あなた達。言葉を奪われ名前を奪われ土地を奪われ、強制連行で何十万人(注:北朝鮮によれば800万人!)も連れて行かれ、女性は何十万人も性奴隷にされた・・地獄のような社会じゃなかったんですか?なのに『英語教育(笑)』。
まあそれは置いといて、あのな、英語なんてクソくらえ!で『なぜ英語なんて教えたんだ』と言うなら筋は通るが、『英語を学ぶという歴史的使命を帯びてこの地に生まれてきたかのように勉強』するほど大事だと言うなら当時、未開の地同然だった韓国(朝鮮)に、内地からの持ち出しで各種インフラの整備、朝鮮語教育や英語教育を含む近代的で全国的な公教育を実施したのが日本だろう。
今は知らないけれど、確かに私が学んだ頃の日本の英語教育は、実際に会話で使う上でのモノとしては素晴らしいとは言い難いものだったので、もっと昔のことも想像できる。けどね、教えてもらっただけでも有難いと思わんのか?それに、日本人の教師しかいなかったというのは、そもそも韓国人に英語を教えられる人間がいなかったってことだろ。で、身も蓋も無い事を言えば、出来ないのは自分のせいであって日本のせいじゃない。文句言いすぎですよ。
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あら あら まあ まあ
名前を奪い・言葉を奪った日帝の教育方法を 独立し60年経った今でもまだ使用していたとおっしゃる?
そういえば、地図もそうでしたね〜
地図に誤差があるとかなんとか・・・・・・
確か、日帝時代の地図に誤差があり、そのまま使用していたとかなんとか
あらあら そういえば、言葉もそうでしたね
建設業界の言葉とか哲学などの学問の分野でも日本語が使われているとか
35年の間の出来事なら一代だけの話でなんとかしようもあるでしょうけど、その後60年以上改善せずであったなら、3代4代の話ですものね〜
日本の責任にするには、無理がありますね
それは、現実に何時も膝を屈し、卑怯な手立てでも、責任を他者に転嫁して、亦は、責任そのものの存在まで無視してきたからで、ちゃんと困難を乗り越えたことがないから、本当の自信が身に付いて居無いから、だろう。
個々の知識の表現の道具でしかない英語は、個々でその知識の蓄積・習得方が違うのだから、学習法も自分で工夫しなくて意味がなでしょう。
それより、社会でパクリばっかりが何時迄も主流で、クリエィティブがサッパリ発達して来ないのはドゥしてか。
独自のアイデアを活かせるダケの場が、否、そのアイデアを評価できる社会構造や体制が社会に育っていないからでしょう。
一時期の華々しい成功で手にする虚飾や目先のカネだけを追いかけるから、本物を育てることができない、成功を維持する事が一番重要なはずなのに。
希望の入っていないパンドラの箱(この世の有りとあらゆる悪だけがが詰まっている)李氏朝鮮を勉強してください。

