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韓国 これが起源の種ですか
 日本の~はウチが起源だ!!・・日々、こんな話が聞えてくる朝鮮半島。どれもこれも、あまりの突拍子の無さに、我々日本人は唖然とするほかありませんが、言ってる彼らは大真面目。やっぱりアレは朝鮮半島が起源だったのか!ウリ民族は優秀だ!・・どいつもこいつも、こうやってホルホルしております。

 何がどうしてどうなれば、日本固有のものが朝鮮起源になるのか、よく分からないのですが、ひとつ例を挙げると、フィクションがいつの間にか『事実』として扱われるようになる、ということでしょうか。こんな感じで。こちらをご覧下さい。(国際新聞から以下引用※韓国語)

申潤福が日本の天才画家と同一人物なら…

最近、出版街に朝鮮時代の天才画家、檀園・金弘道(キム・ホンド)と恵園・申潤福(シン・ユンボク)の風(ブーム)が強く吹いている。去年、朝鮮時代後期「ルネッサンス」を起こした正祖大王に照明をあてたブームが起きたが、その熱風が正祖が見出した二人の天才画家に移った格好だ。

図画署所属の花園で正道を歩いて名誉を一生享受した金弘道とは異なり、「異端児」申潤福の行跡ははっきりしない。1928年、呉世昌(オ・セチャン)が書いた「槿域書画徴」に「申潤福。字は笠父。号は恵園、高霊人。僉使申漢秤の息子。官職は僉使。風俗画をよく描いた」と言う記録が全部にすぎない。

申潤福は女人を会話の主体で登場させたり、果敢な色彩を取り入れて当代の花壇におびただしい波紋を投げかけた。結局、彼は「俗っぽい絵を描いた」と言う理由で図画署で追い出され、その後影をひそめた。

恵園・申潤福は実は女性だった、という仮定で書かれた小説「風の花園」が人気を独占している中、恵園が日本の徳川幕府時代の伝説的画家、東洲斎写楽だったと設定した本で写楽が注目されている。

この小説は、消えた天才画家のミステリーを速度感たっぷりに解く。

1792年、幕府によって日王が無気力になったすきに乗じて朝鮮王正祖は、日本征服計画を立て、金弘道に画工たちを諜者に養成せよ、と指示する。それから2年後、徳川幕府の中心都市、江戸(現在の東京)に写楽という若くて魅力的な画家が現われる。彼は金弘道によって抜擢され、諜者の訓練を受けた申潤福で、日本にしのび込んだ後、活動資金を儲けるために版画家に偽装して生きて行く、というのが主要な内容だ。

金弘道と申潤福を「ツートップ」に立てた「風の花園」と違い、この小説は申潤福を「チームトップ」に立てて、芸術家と諜者として経験する冒険と作品に対する情熱、愛などをおもしろく描く。作家の金さんは「初めは、金弘道が日本で写楽という風俗画家として活動した、という仮説を土台に小説を書くつもりだったが、関連資料を研究してみると申潤福と写楽の絵の性向や素材が似ていた。それからは多くの美術史学者たちの自問を経てこのような考えが確信に固まった」と明らかにした。

そのような意味で、この本は事実(ファクト)とフィクションを結合した「ファクション」だ。実際、金弘道は1789年、日本の対馬島にしのび込んでその場所の地図の模写を正祖に捧げたこともあり、朝鮮時代の花園の諜報活動に関する情況を裏付ける。

18世紀、日本の江戸時代風物をいきいきと描いたことも、もう一つの読み所だ。江戸にだけ存在した特殊な妓女集団である花魁(オイラン)の世界を描いて新鮮だ。また、日本へ来たオランダ人、西洋医術と迷信の衝突など、当時の世相も反映している。

(訳文は2chから頂きました)


 この本は事実(ファクト)とフィクションを結合した「ファクション」・・へえ。韓国にはこんな合成語があるんですね。さすが妄想民族と呼ばれるだけのことはあります(笑)。というかですね、申潤福=写楽に繋がるファクトが、全然見えてこないんですが??風俗画をよく描いて、お国で嫌われて姿を消したということしか分かってないんですよね?ここから繋げるのは、かなり無理があると思うのですが、そこは世界最強の妄想力を持つ民族の本領発揮してケンチャナヨですかそうですか。


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