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韓国 そろそろ日本に事大してきますですか?
 日韓併合当時、我々は必死に抵抗してそれを阻止しようとしたが、日帝がこの世のモノとは思えないほどの酷い事をして、無理矢理植民地にされたに『違いない!』・・これが韓国で信じられている伝説であります。

 実際には併合を求める声が大きかったり、現実的に併合されたことによって、人口が急増したり近代化が急速に進んだりと『伝説』とは違う面が多々ある日韓併合にまつわるストーリーですが、未だに『被害者史観』という殻から出てこようとしない韓国。

 そんな韓国の中にも、最近では併合時代を『冷静・客観的』に論じようという人達が出てきているようですが、何の目的でそんなことをやってるのか、管理人は訝っているところであります(笑)。その一環なんでしょうか、こんな記事が韓国の新聞に掲載されたようです。こちらをご覧下さい。(韓国日報から以下引用※韓国語)

1910年8月 22日、大韓帝国純宗皇帝が臨席した形式的な御前会議で、総理大臣李完用(イ・ワニョン)は朝鮮と日本の強制併合案を可決させた。日帝はこの事実を1週間も極秘にしておき、8月29日に純宗皇帝の玉璽を捺印させて併合条約を布告した。

庚戌の年に起きた恥辱ということで「庚戌国恥」と呼ばれる。97年前のことだ。この呆れた知らせを聞いて、錦山郡守の洪範植(ホン・ボムシク)は山に登って首を吊って自決し、梅泉黄ヒョン(訳注:「ヒョン」は王へんに玄)は「絶命詩」を残して毒を仰ぎ殉国した。その後も幾多の憂国志士が自決の道を選んだ。

今まで、教科書でそう学んだ。このため、当時の全朝鮮人が当然に悲痛な思いで嘆いたと思っていた。ところが、必ずしもそうではなかったようだ

3・1万歳義挙の際に民族代表33人中の1人として活動し、後に主張を変えた崔麟(チェ・リン)は、韓日併合が公布されたその日の鐘路通り(訳注:京城の中心街)の朝鮮人らはまるで「何事も無かったかのように」賑やかに商売をしたり飲食する「日常」を失わなかった、と述べている。

これを信じがたいと思ったある歴史研究者は、「俄かには理解できない。もしかしたらこの日は29日ではなく、李完用と寺内正毅との間で秘密裡に条約が締結された22日の風景なのかもしれない」と述べた。

しかし、崔麟の記録を裏付ける主張がいくつも出ている。中国の知識人である梁啓超は、1910年9月に書いた文章の中で、合併条約発表をめぐって周辺国の人々は彼らのために涙を堪えられないのに、当の朝鮮人たちは楽しそうにしており、高位の官吏らは毎日、新時代での栄爵を得ようと嬉々として奔走するだけだった、と主張している。

信じがたい言葉だ。ただ、当時の朝鮮人たちが「日常」を失わなかったという点は納得せねばならないようだ。実際、8月29日当日は意外に平穏で、反対デモも全く無かったという。当時の朝鮮民衆は既に諦めの知恵を持っていたのかもしれない。

今更こんな話をしたのは、我々が今日、「愛国心」を云々するのが非難される世の中に暮らしているからだ。サミュエル・ジョンソンは、「愛国心は悪党がこぼし出す最後の排泄だ。」と述べた(訳注: "Patriotism is the last refuge of a scoundrel."(注※「愛国心は悪党が最後に逃げ込む場所だ。」)のことか?)。

その主旨には共感するが共感は半分だけだ。韓国は愛国心を叫ぶ声は大きいが、愛国心は非常に弱い国だからだ。愛国心が弱いから、かえって声ばかり大きくなるのかもしれぬ。

かつて高永復(コ・ヨンボク)は、「我が国の公務員は各種教育はたくさん受けているが、国家に対する忠誠心と家族に対する愛着心を比べてみれば、驚くほど国家に対する忠誠心が弱いと見える。公務員の腹中には家族を超越した大きい社会などは無く、ひたすら自分と自分の家族だけが見えているだけだ」と主張した。社会全般に愛国心が乏しいのは大変なことだ、という慨嘆だった。

一部の先進的な知識人らが国家主義排撃の意図で「愛国心」談論を攻撃する善意に対して、共感はするものの共感は半分だけだという理由も、まさにこの点にある。愛国心が取り沙汰されるのは、韓国のエリート階級が自分と家族の利益を社会と国家の利益に優先させることが蔓延しているために起こる現象だ。共存共栄の原理さえ実現していないという意味だ。そのせいで名も無き庶民が愛国心談論に嵌まり込んで悲憤慷慨したりするのだ。

知識人の批判は、庶民のそうした行動よりも、エリート階級の貪欲に向けられるべきだ。現在の愛国心談論は、そうした貪欲に対する怒りの声に近いからだ。

エリート階級が自分たちの既得権を懸命に固守して、個人・家族次元の貪欲にばかり目がくらんでいては、どんなことが起こるか? 97年前の今日、韓国民衆が見せた物静かさは、正にそうした冷笑の表現ではなかったか。
(康俊晩(カン・ジュンマン)・全北大学新聞放送学部教授)

(訳文は2chから頂きました)


 揺れてますなあ(笑)。教科書に書かれていたんだから『こうに違いない』・・だけど、歴史的な資料からは違う面が見えてくる・・イヤイヤ、それは当時のエリート階層があまりにも酷かったので、民衆は無気力になっていたのだ・・本来なら皆そろって日韓併合に大反対していた『はずだ』・・こんな感じですかね。なんというかこの記事、韓国人の脳内回路を直接見せて頂けた気がします。


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