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中国と歴史のすり合わせ?無理無理(笑)
 小泉純一郎氏の首相時代とは打って変わって、安倍首相の訪問により、あれほど煩く歴史がどうのと喚き散らしてのが嘘のように、メッキリ大人しくなってしまった中国。もうこれで『歴史問題』騒動は終わったのか、それともまだ火種は残っていて、何かあれば再び燃え上がるのか。

 現在、日中の間では歴史の共同研究なるものがスタートしたそうなんですが、そもそも『歴史』という言葉の捉え方が全く違う両国の間で、双方が納得できる具体的な成果を挙げることができるのか。こちらをご覧ください。(Yahoo ニュース毎日から以下引用)

日中歴史共同研究 相互理解へ向けようやく一歩

12月27日9時54分配信 毎日新聞

日中両国の有識者による「歴史共同研究」が26日、相互理解へ向けようやく一歩を踏み出した。共同研究には歴史問題を学識経験者の議論に委ねて政治問題化を避ける狙いがあり、両国は日中平和友好条約締結30周年にあたる08年中の成果発表を目指す。ただ、両国関係が平和に推移した戦後60年の研究に重きを置きたい日本と、第二次大戦での「侵略の歴史」を中心に据える中国との間には思惑の差もうかがえ、未来志向の関係改善の糸口になるかは予断を許さない。【北京・飯田和郎、大貫智子】

 ◇「侵略」めぐり認識に差
 「日本には侵略戦争の責任を認めず、その歴史事実を否定する言論や行動が存在し続けた。このような無責任な言行は両国の共通利益に背き、戦争被害国の国民感情を絶えず傷つけてきた

 中国側座長の歩平・社会科学院近代史研究所長は26日の初会合のあいさつでこう指摘した。さらに「共同研究はまず、これらの問題が生んだ障害を乗り越える必要がある」と述べ、第二次大戦における歴史問題をまず取り上げるべきだとの考えを強調した。

 今回の共同研究のテーマは(1)日中2000年余の交流に関する歴史(2)近代の不幸な歴史(3)戦後60年の日中関係の発展に関する歴史--の三つ。

 日本はなかでも「戦後60年の歴史」で中国から肯定的評価を得ることに主眼を置いている。日中関係史全体の中で「不幸な歴史」のみに焦点が当たるのを避けようとの思惑からだ。日本の政府開発援助(ODA)が果たした功績、天安門事件(1989年)で国際的に孤立した中国の国際社会復帰に向けた協力などを具体的に取り上げる戦略だ。

 これに対し、中国にとって歴史問題の中心はやはり「不幸な歴史」。その思惑の違いを冒頭から、歩座長の発言で突きつけられたわけで、共同研究の先行きの険しさを暗示している。

 日本は今回の共同研究で、対中侵略の事実を争う姿勢は見せていない。ただ、個々の事実認識には大きな隔たりがある。その最たるものが、南京大虐殺だ。中国は旧日本軍による中国人犠牲者の数を「30万~40万人」と主張。一方、日本国内には「数千人」から「20万人」まで諸説あり、なかには虐殺自体を「でっち上げ」とする声もある

 従軍慰安婦に対する認識の違いも大きい。中国や韓国などのアジア諸国には、慰安所の設置などに対する旧日本軍の関与を指摘する声が強い。日本政府は93年の河野洋平官房長官談話で、旧日本軍の関与を認め「おわびと反省の気持ち」を表明しているが、国内には「強制ではなかった」という主張がなお根強い。

 安倍晋三首相自身、97年の衆院決算委員会分科会で河野談話への疑問を指摘していたが、首相就任後の10月、衆院代表質問で従来の政府見解を踏襲する考えを示した。中韓初訪問を前にした両国への配慮とみられたが、ナショナリズムの強い首相支持層からは反発の声も聞かれた。

 旧日本軍による中国側の犠牲者数についても、共同研究関係者は「中国側は戦争が終わったころ『300万人』と言っていたが、(反日デモがあった)昨年は『3500万人』と言っていた」と語る。日本側は米国やロシアなど第三国の資料も使い、客観的な研究を目指す方針だ。<後略>


 文中のアチコチに毎日の余計な主観が入っていて鬱陶しい記事ですがそれはさておき、やっぱり中国は中国ですね。『歴史問題を学識経験者の議論に委ねて政治問題化を避ける』という狙いを初っ端から無視して政治的なアプローチで突っかかって来てます(笑)。またテーマが凄い。『不幸な』歴史ですって。もう最初から結論ありきじゃないですか。これじゃあ溝なんて埋まらんわな。

 歴史=政治、政治のために歴史があるようなお国ですから、客観的な資料をたたき台に事実を追求していく、なんてことは彼らには無理。また彼らには歴史をネタに相手よりも高みに立つという『政治的な目的』があるので、最初からそんな気は更々無い。ということで、この試みは徒労に終わると断言出来るでしょう。

 まあ、そうは言っても全く何の成果も得られないわけじゃあないのかも。他国それも隣国同士、それも『あの』中国と歴史のすり合わせなんぞ絶対に不可能である、という結論を導き出せればそれで良い。日本には中国との歴史のすり合わせ可能と本気で思ってる『ドリーマー』の方が結構いますから(主にアッチ系)。

 日本側は、政治的アプローチで突っかかってくる中国側と喧々諤々やりあって、かつその内容を日本で紹介し、日本国民が『ああこりゃ無理だな』と納得できれば、もうこれ以上『ドリーマー』の再生産には繋がらないかもしれない。だから日本側の研究者には、ヘタに迎合しないで学者の良心というやつに最後まで従って欲しい。

 
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