管理人やじざむらいが、気になるニュースをほぼ毎日更新で垂れ流してまいります。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
中国 久しぶりの反日デモ
 昨年の春、中国で発生した大規模反日デモ。これはデモとは名ばかりで、日本資本の商店やら日本料理店、果ては日本の在外公館まで破壊するというこの暴動だったわけですが、この暴動以降、中国では反日を口実にした大規模な抗議(?)行動は沈静化しておりましたが18日、中国は瀋陽で久しぶりに『反日デモ』が行われたようです。こちらをご覧下さい。(asahi.comから以下引用)

日の丸を焼き反日叫ぶ騒ぎ 中国・瀋陽の満州事変式典後
2006年09月19日01時18分

 満州事変のきっかけとなった柳条湖事件の発生から75周年を迎えた18日夜、中国遼寧省瀋陽市の事件現場近くで記念式典が開かれた。式典周辺に集まった市民は1万人以上。警備当局は1000人規模の厳戒態勢を敷いたが、式典後、興奮した市民ら数百人が警察官らともみ合いになり、「日本製品を買うな」「打倒小日本」などと叫びながら、「日の丸」を焼いた。当局が解散を呼びかけ、約1時間後に収束した。負傷者は確認されていない。数人が連行された模様だ。

 式典には同市幹部らが出席し、「国辱を忘れるな」などと演説。市内では一斉に警報が鳴り響き、タクシーなどもクラクションを鳴らした。市民らは近くの路上で「日本軍国主義を打倒せよ」などと書かれた「日の丸」を掲げ、反日的なスローガンを繰り返した。

 中国当局は式典会場に入る市民の数を制限するなどし、暴力的な行動を抑制しようとの姿勢だったが、一部の市民が過激な行動に走った形だ


 日本軍国主義打倒せよ!・・軍国主義ねえ。今の日本のどこに軍国主義があるのかという話ですが、そういう教育を受け、連日のように反日報道にさらされてるから仕方ないんですかね。頭の中が完全に60年前でストップしております。

 まあそれは置いといて、なぜ今こんな騒動が起こったのか。考えてみると思い当たるフシがあります。政府が5月末に食品の残留農薬に関する規制を強化するポジティブリスト制度を導入したことにより、現在、中国産の野菜の輸入が減っています。

 この措置への対抗として、中国は『日本産の食品から基準値を超える保存料が検出された!(岩手日報)』とか『日本製品(化粧品)の中から禁止物質を検出!(中国情報局)』などと、日本が中国の野菜を入れないなら、こっちも日本の食料・製品を入れないぞ!と恫喝してるんですね。

 上記事を書いた朝日は『一部の市民が過激な行動に走った形だ』と、人民の自発的な動きであるかのように紹介していますが、ここ最近まったくと言って良いほどこの手のデモがなかったこと、なぜか日本製品の不買も叫ばれていることを考えると、日本側のポジティブリスト導入への対抗策(恫喝)にリンクした官製デモだという可能性が高いんじゃないの?朝日さんよ。


banner  
  ↑ ↑ ↑
この記事が気に入った方は『応援クリック』お願いします。
あなたの一押しで書く意欲が湧きます。


関連エントリー:中韓戦争勃発 『原因はキムチ』
スポンサーサイト

テーマ:特定アジア - ジャンル:政治・経済

東京新聞 お門違いの小泉批判
 約5年半という長い間、日本国総理大臣の椅子に座り続けた小泉純一郎氏。在任中の外国訪問は51回を数え、これは中曽根氏の22回を上回る歴代ダントツ1位の記録だそうです(Yahoo 毎日)。

 長期政権だったから、ということもあるでしょうが、それにしてもよく外遊に出ていたなあというのが私の印象。そんな小泉外交に対して、何やらお門違いの批判記事を書いている新聞社があるようです。こちらをご覧下さい。(東京新聞から以下引用)

小泉外交
『親米疎中』鮮明に

 小泉純一郎首相は先のアジア欧州会議(ASEM)首脳会議出席のためのフィンランド訪問で、最後の外遊を終えた。五年五カ月間の任期中、首相はどんな狙いで、どんな国を訪れたのか。訪問先を分析すると、小泉外交の特色が浮かび上がる―。 (高山晶一)

 「世界遺産の島まで行った記念の石。ああ、これは首相として最後の訪問地だなと」

 首相は九日、フィンランドの世界遺産スオメンリンナ島を訪問。記念に拾った石にサインするよう、バンハネン首相にねだるなど、最後の外遊に感慨ひとしおの様子だった。

 二〇〇一年四月の就任以来、首相の外遊は計五十一回、渡航先は延べ八十一カ国・地域(本紙計算)に上る。移動距離は約八十一万キロと地球をおよそ二十周した計算だ。

 最も多く訪れたのは米国。〇一年六月、就任後初めての外遊でワシントンを訪問したのを皮切りに、毎年欠かさず、計八回訪米した。ブッシュ大統領との首脳会談は十三回に及ぶ。

 首相周辺が「外交の場では、繰り返し会うことで重みが増す」と説明するように、首相は大統領と直接、顔を合わせ続けることで、日米関係を緊密化しようと努めたのは間違いない。

 対照的なのは、首相の靖国神社参拝を批判し続けてきた中国との関係だ。

 隣国にもかかわらず、小泉首相が訪中したのはたった三回。国際会議以外での訪問は〇一年十月、北京で江沢民国家主席(当時)と会談した一回だけで、この時も、わずか六時間の滞在だった。

 第三国では国際会議に併せて日中首脳会談を行っていたが、〇五年四月を最後に途絶えている。

 中国と同様、靖国参拝を批判してきた韓国には、米国に次いで多い七回訪問。半年に一回、日韓首脳が相互訪問する「シャトル外交」を積み重ねた結果だが、これも〇五年六月(国際会議除く)以降行われていない。

 政府関係者は「アジア外交がだめだったわけではない」と強調する。

 二〇〇二年九月には首相として初めて北朝鮮を訪問し、日本人拉致被害者を帰国させたのに続き、〇四年五月の再訪朝では、拉致被害者の家族五人を帰国させた。

 しかし、対米外交に比べれば、対アジア外交には全般的に冷淡だったことは否定できない。

 首相は、これまでも関係が薄かったアフリカや中南米にも、あまり足を運ばなかった(延べ八カ国)。

 首相は、日本の国連安全保障理事会常任理事国入りに向けた支持を得るため、今年に入り、閣僚が未訪問国を手分けして訪れる「戦略的外交」を提唱し、疎遠だった国との関係強化に乗り出したが、遅きに失した感はある。


 対米外交に比べれば、対アジア外交には全般的に冷淡だったことは否定できない・・呆れた。あのさ、まるで小泉総理が中韓への訪問を敬遠していたみたいに書いてるけど、首脳会談を拒否していたのは中韓ですよ?中韓が拒否しているから会わなかった、あるいは会えなかった。それだけの話なんじゃないの?

 それを『冷淡だったことは否定できない』なんて批判するのは無茶苦茶だろう。小泉総理は『いつでも会います』と言っていた。中韓が拒否していなければ、もっと回数は増えただろうよ。冷淡だという批判をするなら、会うこと自体を拒否している中韓に言えよ。

 それに、政府関係者の『アジア外交がだめだったわけではない』という発言を否定する形で、件の冷淡云々という批判に繋げているが、そもそも政府関係者と東京新聞の『アジア』の定義が違うんじゃないか?東、東南 中央等々、アジアは広大な地域であって沢山の国がある。政府関係者が言う『アジア』はこっちだ。

 一方、東京新聞の言う『アジア』は中韓(朝)だけ。同じ『アジア』という言葉でも意味している内容が全く違う。中韓との外交を云々するなら、正しく『中韓』と言うべきだし、便利な言葉として『特定アジア』というのもある。いい加減、中韓を指して『アジア』というのはやめろよ。


banner  
  ↑ ↑ ↑
この記事が気に入った方は『応援クリック』お願いします。
あなたの一押しで書く意欲が湧きます。

テーマ:マスコミ - ジャンル:政治・経済

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。