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杉浦新法相 心情左翼が招く日本の危機
 本日2本目となります。第3次小泉改造内閣に法務大臣として入閣した杉浦氏について書いていきます。続きになっておりますので、1つ下のエントリーからご覧下さい。

 それでは、ここから杉浦氏のHP内にある『message』というカテゴリーに掲載されている戦前、戦後について書かれた記事を元に、氏の歴史観がどのように形成されていったのかを分析すると共に、杉浦氏のような人物が法務大臣という要職に就いた事によって引き起こされる危険について考えて行きたいと思います。

 杉浦氏は昭和9年生まれ。先の大戦終結時の年齢は11歳。自らを『軍国少年』であったと回顧する杉浦氏は、大戦末期、生家のある愛知県岡崎市が大空襲を受けて荒廃し、それでも日本は勝つと信じ続けていたのですが、敗戦の報を聴いた際『頭が真っ白になった』と、世界観が崩壊した事を吐露しています。

 1995年に村山政権下で行われた戦後50周年の国会決議について、杉浦氏は『国民の間にコンセンサスがない』と、嘆いておられます。どの部分に『コンセンサス』がないというのか、最初にこの国会決議の内容をご覧下さい。

歴史を教訓に平和への決意を新たにする決議

本院は、戦後五十年にあたり、全世界の戦没者及び戦争等による犠牲者に対し、追悼の誠を捧げる。

また、世界の近代史上における数々の植民地支配や侵略的行為に思いをいたし、我が国が過去に行ったこうした行為や他国民とくにアジアの諸国民に与えた苦痛を認識し、深い反省の念を表明する。

我々は、過去の戦争についての歴史観の相違を超え、歴史の教訓を謙虚に学び、平和な国際社会を築いていかなければならない。

本院は、日本国憲法の掲げる恒久平和の理念の下、世界の国々と手を携えて、人類共生の未来を切り開く決意をここに表明する。
 右決議する。



 杉浦氏はこの決議文の前半部分で、なぜ植民地支配や侵略的行為をするに至ったか、その根幹に触れていない事を嘆いています。杉浦氏が『根幹』をどこに求めているのかというと、近代以前、日本が海外に打って出た例をいずれも失敗したと断じ、大勢の死傷者を出した先の大戦の戦略は間違いであり、徳川家康公、東郷平八郎元帥、乃木希典将軍なら、その様な無謀な戦いはしなかったと言い、所謂『司馬史観』の祖、司馬遼太郎氏が昭和に入って国策を誤まった遠因を『日露戦争の勝利』に求めている事に同意しながら、さらに踏み込んで日清戦争にまで遡り、清に勝利した事によって中国、朝鮮人を蔑み、『五族協和』のスローガンを持った大東亜共栄圏構想は、日本民族に彼らを従属させるだけのものであったと論じています。

 さらに、現行憲法を擁護するあまりに明治憲法を否定し、実際にはGHQによって押し付けられた現在の憲法の成立の過程は正当な手続きを踏んで行われたと述べており、杉浦氏の歴史観の中に近代日本が辿ってきた道に関する肯定的、あるいは仕方なかったという見方は皆無と言って良いでしょう。

 終戦時に少年であった世代は、敗因を追求する時に日露戦争の勝利、またはシナ事変あたりまで遡り、国策を誤まったとして米国との戦争に敗退した原因を求める人は田原総一郎氏を筆頭に多いですが、日清戦争にまで遡る人はさすがに少ないと思います。日清戦争を否定してしまうと、近代化を成功させ、独立国として日本を国際社会に認めさせた事実さえ否定することになる。これはどう考えてもおかしいですし、この様な史観を国民のコンセンサスとして共有する事は不可能です。

 杉浦氏と同世代の日本人が戦前の日本を否定する理由には、『無敵』であると信じ続けた帝国軍が敗退し、『頭が真っ白』のショック状態に陥ったところでGHQ主導による所謂戦後教育が始まり、戦前の日本は悪であると刷り込まれてしまったという不幸な歴史があります。(田原氏をはじめ、この世代の人は頭が真っ白になったと回顧する人が非常に多いです。)元々内省的である日本人ですから、『お前達は悪い』と言われて深く深く自らに原因を求めたのでしょう。杉浦氏は同世代の中でも、最も深く悪かった事『だけ』を探し求めた結果、日清戦争まで否定することになり、国外で武力行使した事を理由の如何を問わず『悪』であると結論付けたと考えます。

 杉浦氏を一言で表現すれば『WGIPの優等生』であり、行き過ぎた『贖罪意識』を持つ『心情左翼』といったところでしょうか。わざわざ左翼に『心情』を付けるのには理由があります。戦後、合法的に活動が認められた共産主義者は『革命』という彼らの目的を達成するために、連合国の立場である『日本悪玉論』を吹聴し、GHQの思惑に一役買いました。『革命』を成すためには日本特有の国体である天皇制を打倒しなければならず、手っ取り早い方法として、戦前の日本全否定→元首である天皇に罪あり→天皇制解体という方式が使われました。

 当時、彼らと共闘していた勢力として、主に朝鮮半島出身者、ソ連、中国共産党が挙げられます。同じ思想を信奉する『同志』であるこれらの勢力が未だに(ソ連は除く)『アジアの人民に災厄をもたらした』とか、『侵略者』とか『日本帝国主義打倒』等と叫んで口を極めて日本を責め立てていますが、これは当時から叫ばれ続けたスローガンであり、おそらく何度も何度も聞いたであろう杉浦氏は『アジアの人民』『虐殺』『日帝』という言葉を聞いただけで無条件に恐れ入ってしまい、言われるがままに嘘も誇張も受け入れてしまった結果として、本人は自らを『左翼』とは考えていないと思いますが、若い世代にしてみれば『左翼』の言っている事と変わらないことから『心情左翼』と表現されます。

 杉浦氏のように真摯に反省し、他者に原因を求めず、自分自身、あるいは自身が所属する国家に責任を求める姿は立派であり、尊敬します。しかし、それは一個人としてであって、国を背負って立つ国務大臣としてはどうなのか。今朝のニュースで死刑執行のサインを一旦は拒否し、すぐさま撤回という無様な姿をさらしたのも、『虐殺』などとセットで語られる『人権』などが杉浦氏の至上概念であり、単にそれを発露しただけなのかもしれないが、氏が言う人権とは、目の前に居る死刑囚『だけ』の人権であって、死刑に相当すると判断した司法、死刑囚によって失われた被害者の人命、人権は考慮されておらず、そんな考え方は『世間』で通用しない事を自ら証明してしまったからだ。

 戦後の日本は強すぎる贖罪意識によって誇りを失い、多くの国民は歴史の断絶を感じています。日本は神代の昔から日本であり、連続した歴史をもつ国家です。為政者はその事をよく理解しなければなりませんし、切れそうになっている歴史の紐を修復し、次代に渡す責務があります。

 日本を崩壊させようとする勢力にとって、杉浦氏のような人物は『カモネギ』以外の何者でもありません。無茶苦茶な要求でも『アジアの人民』『虐殺』『日帝』という言葉を要所で強調すれば、いとも簡単に落ちてくれます。次の国会で『人権擁護法案』が提出されようとしている中、私は、杉浦氏が法務大臣に就任したことによって、成立への動きに拍車がかからないかと危惧します。


参考URL: 杉浦正建氏HP




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杉浦正建新法務大臣 『初日にやっちゃった・・』
 昨日、第3次小泉改造内閣が発足し、1つ前のエントリーで気になる重要閣僚の面々を簡単に紹介しました。最後に紹介した杉浦正建法相について、明治以降の日本の歴史観がいわゆる『司馬史観』に近い人物であると書きましたが、再度杉浦氏のHPを見て、ゴリゴリの近代日本悪玉論の持ち主であると訂正しておきます。今日のエントリーは2回に分けて、杉浦氏について書いていきたいと思います。

 新法相に選ばれた杉浦氏ですが、就任初日に何かやらかしてしまったようです。こちらのニュースをご覧下さい。(asahi comから以下引用)

「死刑執行のサインせぬ」と発言、すぐに撤回 杉浦法相

2005年11月01日02時12分

 杉浦正健法相は31日、就任後の記者会見で、死刑執行について「(命令書には)サインしない」と表明した。しかし、その約1時間後、「発言は個人としての心情を吐露したもので、法相の職務の執行について述べたものではない」と、発言を事実上撤回するコメントを発表した。法務省側は「サインをしたくないという趣旨だった」と説明。明確にNOを宣言した直後の「変心」に、関係者は振り回された。

 法相は会見で「哲学、宗教、生命に対する考え方はいろいろある」と述べたうえで、トルコが04年に欧州連合(EU)加盟にむけて死刑制度を廃止したことなどに触れながら、「文明論的に言えば、方向としては長いスパンをとれば(死刑制度は)廃止の方向に向かうと思う」と述べた。その理由として「私の心の問題。宗教観や哲学の問題だ」と語った。

 杉浦法相は弁護士出身。

 数々の死刑事件の弁護を担ってきた安田好弘弁護士は、杉浦氏の会見内容を聞いて「大変重い発言だ。死刑廃止が広まっている国際的な状況や、これからは人道主義が社会の基幹になるべきだという観点より、心から歓迎したい」と語った。

 一方、地下鉄サリン事件の遺族、高橋シズヱさんは「大臣の考えには遺族の一人として納得できない」と憤った。

 松本サリン事件の被害者、河野義行さんは死刑そのものには反対の立場だが、法相発言には違和感を感じた。「『自分はサインしない。後任の大臣はどうぞ』というのは法相としての職務放棄にも聞こえる。そこまで言うなら、法律を変えて死刑を廃止するべきだ」と指摘した。
 ところが、会見の約1時間後の1日未明になって法相は、「発言は個人としての心情を吐露したもので、法の番人としての法務大臣の職務の執行について述べたものではなく、その点について誤解を与えたとすれば遺憾ですので訂正いたします」とするコメントを発表した。

 死刑廃止議員連盟の保坂展人衆院議員は「法務省が不意をつかれてばたばたしたのだろう。発言を撤回したとしても、死刑に関する調査会を設置する法案の議員立法には追い風になる」と話した。

 死刑執行をめぐっては、90年から約1年間、海部内閣の法相だった左藤恵氏が、浄土真宗の住職という立場から、署名を拒否した。その後に就任した後藤田正晴氏が「法相が個人的な思想・心情・宗教観でやらないなら、はじめから大臣に就任することが間違いだと思う」と批判したことがある。

 確定囚は10月28日現在で77人。最近は年間で数人のの死刑が執行されている。



 死刑の是非については、ここで詳しく論じるつもりはありませんが、日本には死刑制度が厳然として存在し、法務大臣は執行のサインをしなければならない大変な職であると思います。しかし、松本サリン事件の冤罪被害者である河野氏が言及している通り、死刑に反対するのなら、先ず法律を変えるべきであり、死刑という制度がある以上、所轄大臣はその責任を負わなければなりません。

 『サインをするのは嫌だ』・・そんなの誰でも嫌に決まってます。嫌であれば法務大臣の職を受けなければ良いのです。それに、死刑制度廃止に向けて確信犯的にサインをしないと言ったのなら、すぐに撤回などしないはず。混乱を招いただけで、杉浦氏の行動は無責任だと言われても仕様が無い。

 ものすごく無責任に見える杉浦氏ですが、どうしてこういう行動を取ってしまったのでしょうか。それにはいくつかのキーワードが挙げられます。『昭和9年生まれ』『心情左翼』『田原総一郎』と、こんなところでしょうか。もうこれらのキーワードを見ただけでピンときた方も多い(笑)かもしれませんが、次のエントリーで杉浦氏の生きてきた時代、考え方の形成の過程を追いながら分析していきたいと思います。

 では、また後ほど。

 

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