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民主党の行方 ⑩ 追い風を掴め
 昨日のエントリーで、民主党の最大支持母体である『連合』の新会長にUIゼンセン同盟の高木氏が就任したことにより、『連合』は改憲にかなり前向きな組織に生まれ変わるかもしれないと紹介しました。

 民主党内において、未だ隠然たる影響力を持つ『左派』議員にとって、『連合』の変化は晴天の霹靂であると共に、党内で声高に『護憲』を叫びにくい状況が今度出現する可能性が出てきました。
 前原氏にとっては大変大きな追い風が吹いてきたと考えられ、就任からわずか1ヶ月で民主党、それを取り巻く雰囲気は変わってきたと感じます。

 就任直後に中国共産党局長の訪問を受けた際、一緒になって総理の靖国参拝を批判して失望させてくれましたが、先日の王毅中国大使、韓国与党ウリ党の文議長との会談で、おそらく靖国に対する何らかの言質を取りに来た両氏に『国益を重視する』と言うに留め、空気が読めてきた、あるいは党内で気を使う必要が少なくなったのか、わざわざ擦り寄らなかった。(まだ安心は出来ませんが・・)

 今回の臨時国会でも、自民党がなかなか踏み込めないであろう公務員改革について、スト権など労働3権を付与した上で身分保障を外し、民間の待遇に準じる形にする事を強く主張した前原代表に対して、政府側の答弁は慎重なものとなったわけですが、こんな動きが出てきたようです。まずはこのニュースをご覧下さい。(NIKKEI NET から以下引用)

自民行革本部、公務員にスト権付与検討・人員削減にらむ

 自民党行政改革推進本部(衛藤征士郎本部長)は公務員制度改革に関連して、警察官や自衛官らを除く一般公務員にスト権(争議権)などの付与を検討する方向で調整に入った。労働基本権の制限をなくす代わりに、公務員の特権的な身分保障を抜本的に見直す。民間企業と同じ条件の下で労使交渉を進め、大胆な免職や配置転換、能力主義の導入を進める狙いだ。

 政府・与党は秋に国と地方の公務員の定員の純減計画を策定する方針。自民党行革本部は6日に「10年で2割純減」の案をまとめ、小泉純一郎首相(党総裁)に提言するなど調整が進んでいる。 (07:02)



 民主党主張の公務員改革とほぼ同じ内容の改革案を総理に提言する様子。お株を奪われたかに見えますが、長期にわたる自民党政権下において、官僚組織とはまさにズブズブの関係。これまで官僚組織に寄りかかってきた議員は腐るほどいますから、この提言が握りつぶされたり、与党提出の法案となって出てくる際、スカスカの内容になる可能性は高いと思います。

 これまでの民主党なら、ただちに民主党案を盗んだ!とかいって騒いできたわけですが、冷静に考えれば、民主党案提出によって『同じ土俵』に上がってきたことで『各論』に踏み込んで具体的な政策論争が実現するのであり、上記の理由もあって自民党は踏み込めない領域が多く、追求出来る機会は増えます。各論に消極的な与党に対して『具体的』に追求する野党の姿は国民の目にイメージ良く映ります。但し、些細な事(未納3兄弟など)で攻撃をしなければという条件は付きますが・・

 この公務員改革や特別会計の見直しといった、これから『本当に』改革しなければならない領域は大きく、闇も深い。小泉総理の改革路線によって外堀は埋められつつありますが、道路公団や郵政民営化以上の抵抗が予想されます。この二つを大きな柱として攻撃を集中すれば、官界の実態が明らかになって国民の改革推進の世論を喚起でき、党内、行政からの抵抗が強くて前に進めない小泉総理の背中を押して『改革のエンジン』となることも可能。

 野党第1党が、与党の総裁でもある小泉総理を後押しするなんて変な話ですが、現在改革を推進しているのは『小泉総理率いる政府』であって自民党は総理に引き回されているだけ。闇雲に総理を攻撃するのは得策でなく、逆に、改革推進の後継者は民主党である事をアピールして自民党、官僚組織を攻撃すれば『次の政権奪取』も夢ではないでしょう。

 今の日本はあらゆる分野で崩壊の臨界点に近づいており、一日も早く社会を変革しなければなりません。溜まりきった膿を出し切り、日本をまともな国に戻すまでは『改革を競う二大政党』であって欲しいですし、晴れて新生日本を形作ることが出来れば、政策に変化をもたせて多様な社会を模索する『政権交代がいつでも可能な二大政党』があることは国民にとって大変好ましいと考えます。

 『そんなに政策が似ているなら自民党と合併すれば?』なんていう突っつきがあっても、改革の先にある新しい日本に対するビジョンがあれば動揺することはありませんが、『政権交代』という自らの政策を実現する『手段』を目的と履き違えれば、民主党は今までのように『自滅』するでしょう。そうならないためには『ブレない』ことが肝心。

 憲法改正に向けた動きも、前原代表の就任以降、環境は激変してきました。この追い風をがっちりと掴み、まず党内を纏め上げて強い集団を作り上げ、改革をさらに加速させる原動力となって欲しい。55年体制崩壊後、迷走を続けてきた政界に何度も失望させられてきました。もう二度と失望はしたくないのです。

 頼むから生まれ変わってくれ!民主党!



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『連合』 憲法9条死守から改憲の急先鋒へ
 先日、全国の労働組合連合組織である『連合』の新会長にUIゼンセン同盟の高木氏が選出されました。『連合』といえば、民主党の主な支持基盤であり、民主党の代表に前原氏が就任したことで、憲法に関する考え方でかなり対立が深まるのではないか?と思っていましたら、今朝こんなニュースを発見しました。まずはご覧下さい(sankei web より以下引用)

 

徴兵制否定の連合見解批判 高木新会長のUIゼンセン
 
 連合の高木剛新会長の出身労組であるUIゼンセン同盟(組合員約83万人)が、憲法や安全保障政策についてまとめた連合の見解に対し、徴兵制導入を否定した点を「あえて表現することは不要」と批判する意見を提示していたことが、連合の内部資料から8日までに分かった。

 連合は今年7月、憲法や安保政策に関する見解を作成。その中で、憲法9条改正も選択肢とするとともに、「厳格なシビリアンコントロール(文民統制)や専守防衛を基本に置き、徴兵制は採用するべきではない」とした。

 同見解をまとめる際、自治労など14の産別労組が意見を提示。このうちUIゼンセン同盟は「国民主権を原則とする主権国家の防衛を考えるとき、単純に、徴兵制は採らない、とうたうことは、“自らは戦わない”と表明することになる」と批判した。 ただ「近代戦において徴兵制は、戦力としての効果の面から不採用とすることは理解できる」と述べ、軍事的な観点から徴兵制を導入しないことに理解を示している。

 また「厳格なシビリアンコントロール」などを条件に集団的自衛権の行使も可能とするよう求めている。(共同)



 ビックリして開いた口が塞がりませんでした(笑)。自治労や日教組も加盟する『連合』の新会長出身労組が憲法9条改正にかなり踏み込んだ発言。私の勉強不足で、7月に連合は改憲に対する見解を出してたんですね。知りませんでした。徴兵制は導入するべきでないという条件付での改憲容認という案だそうですが、徴兵制反対はわざわざ言うべきでないと。

 徴兵制の導入には、単純に戦争への嫌悪感から反対とする意見と、近代戦においては十分に時間と金をかけて高度な訓練を施した兵士が必要とされており、徴兵されてきた急造の兵士では足手まといになるという意見があったと思います。

 今回のUIゼンセンの見解は、後者の立場に立った上で国の防衛のありかたを問いかけているのだと思います。万が一戦争になった場合、志願兵のみで構成され、最新鋭の装備を持つ軍隊はたしかに強いですが、どうしても徴兵制を採用していたり、国民の数がとても多い国の軍隊と比べると、単純な兵力数で見劣りすることも事実。なにより、『もし戦争になったら、国をあげて戦うぞ!』と徴兵できる国家は怖い。そういう意味で、国を守る意思の表明と言えるかもしれない徴兵制を憲法その他で記述して放棄するはナンセンスだ仰りたいのではないかと。

 大変まともで、どこにも突っ込むところがないですね(笑)。ただ、連合はその名の通り、色んな労組が寄り集まって出来ている連合体ですから、組織の総意として受け取るにはまだ早いかもしれない。しかし、労働組合にかなり大きな影響力を持つ連合会長の見解は重大な意味をもちます。早速、自治労や日教組といった左翼守旧派が反対の表明をしており、これからが大変だと思いますが、前原民主党代表にとっても追い風となることは間違いないですね。

 国家観を共有できるなら、闇雲に労組を毛嫌いしたりしません。労組を含め、日本の左翼の人たちは、明らかに国を崩壊させる思想を内包している為、私は嫌悪感を持つのです。国を守るという自然な感情を持つ左翼なら、支持はしません(笑)が理解します。労使の関係で弱い立場におかれる従業員側に立つ組織は必要ですし、意見を言う大きな団体があることは、政府の暴走を監視してにらみを利かす事ができる。そういう意味では、存在意義があると考えています。

 基本的に政府に対して批判的でありたい私達国民は、本当に批判しなければならない事にプラスしておかしな左翼イデオロギーを絡めてくるから世に数多いる『市民団体』や『労組』を忌避したくなるのです。この発言によってあぶりだされる奇形左翼をたたき出し、『日本国民』の為の『連合』になることを期待します。


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朝鮮半島赤化統一へのカウントダウン 歴史は繰り返すのか 4
シリーズ第4回目となりました朝鮮半島特集。本日のエントリーは、現大統領盧武鉉(ノムヒョン)氏の大統領選挙立候補の過程、当選から現在までの政策、外交を見ていくと共に、盧大統領当選に大きな役割を果たした『ノサモ』なる支持団体の実態をご紹介し、なぜ韓国はここまで狂ってしまったのかを考えていきたいと思います。

 まず、大統領選直前の韓国の様子を、私の思い出を交えて書いていきます。2002年、政権末期の金大中大統領政権は、地を這うような低支持率となり、支持率回復の『伝統的手法』である『反日』を乱発しますが、いい加減国民も飽きが来てしまってほとんど反応せず。折しも日韓共催ワールドカップ開催の年ということもあって、ほとんどの国民は韓国チームがどのくらい健闘するかという事に興味は集中し、大統領など眼中に無し。
 開会式当日、日本から天皇陛下が訪韓され、金大中大統領夫妻と開会式に出席した際、訪問してきた日本の元首に対して、席に着く事を勧めず、観衆に手を振りアピールを開始。進路を妨害された天皇陛下が窮屈そうに金大統領の後ろを通るといった、外交儀礼を無視した無礼を働いて金大中氏、韓国民の『自尊心』は頂点に登りつめ、金大統領は、韓国内で『漢』を上げます。(怒)

 国内向けの『反日』に天皇陛下までも利用する、禁じ手を使った金大統領に、当時の私はハラワタが煮えくり返る思いをしたものでした。大手マスコミは『日韓友好』優先報道で突っ走り、無理やり友好ムードを作り出して、韓国の行った様々な不正、無礼といった事実を意図的に無視。(とっとと辞めやがれ!この馬○大統領!てな感じで、この年を境に私は韓国が大嫌いになったわけです。思い切り余談ですが(笑))

 さて、ここから本題に入ります。ワールドカップが終り、韓国民の次の興味は大統領選へと移っていきます。保守陣営から李氏、革新陣営から盧氏が立候補し、激戦の末に盧武絃氏が勝利。当時、日本でほとんど知られてなかった盧次期大統領について友人と飲み屋で『やっぱり反日かな?』『金大中以上の反日?』などと話し、『若い世代だし、そんなに酷くないだろう』という結論になったのですが、後にとんでもなく甘かったと思い知る事になります。
 
 盧武鉉氏は1946年生まれ。朝鮮戦争時はまだ子供で、いわゆる『戦争を知らない』世代。釜山商業高校卒業後、苦学の末に弁護士の資格を獲得し、主に『人権問題』などで活躍。当時、大物野党政治家の金泳三氏に認められて1988年政界入り。全斗煥政権下における不正蓄財を国会で再三にわたり厳しく追及して一躍有名になる。1990年に盧泰愚氏らと連立を組む決定をした金泳三氏に反発して金大中氏率いる民主党に入党しますが、1992年に行われた選挙で議席を失います。

 盧氏が最初に立候補したのは釜山。金泳三氏と決別して金大中氏の下、同じ釜山で立候補しますが落選。大きな理由として、『地域対立』が上げられます。これは、現在の韓国でも深刻な問題として横たわり続けています。かなり歴史が古い対立があるとされる釜山を含む地域である慶尚道『新羅』、金大中氏出身地域である光州を含む全羅道『百済』。歴史では、新羅が百済を滅ぼし、同じ国になったのですが、支配された側である全羅道の人々は、現在に至るまで差別され続けており、近代の韓国でも金大中氏の大統領就任までの大統領は慶尚道出身者ばかり。

 盧武鉉氏は、慶尚道出身でありながら、金大中氏の悲願であった『地域対立の解消』に共鳴し、地域対立的には敵である全羅道出身の金大中氏と組んで釜山から立候補しましたが落選。その理由は『全羅道の奴と一緒になりやがって』この言葉が最も的確かと思われます。金大中氏と組んだ時点で選挙に負けることは予想できたと思いますが、あえて前回と同じ釜山から出馬したことに韓国の新しい世代は深刻な『地域対立』解消の夢を見ました。

 韓国の大統領選挙の得票を見ると、明らかに地域別に票が割れており、政策よりも地域が優先される古い社会体制が厳然と残っている現状に風穴を開けるべく立ち上がった盧氏は、全斗煥氏追求の鋭さも相まって、若者を中心に急速に支持を拡大します。これが後に『ノサモ』(盧武鉉を愛する集まりの意)結成に繋がっていく事になります。

 金大中政権下において推進されたインターネット接続の高速回線の全国的な整備により、1990年代後半に韓国ではネット利用者が急増。ネット上に各種のコミュニティーが出来、特定の政治家を支持するコミュニティーも誕生します。それが『ノサモ』発生の大きな要因になり、当初、勝手連的な集まりだった『ノサモ』の会員はネットの特性を十分に生かした形で若者を中心に爆発的に増加。『386世代』と呼ばれる光州事件以降民主化が激化した時代において運動の中心となった、90年代後半に30歳代、80年代に学生で、60年代生まれという世代が先頭に立って運動を展開していきます。日本で言うと、学生運動が激化した『全共闘時代』における団塊の世代とイメージが近く、共通するキーワードは『反米、左翼』というところでしょうか。 

 2000年の国会議員選挙において、地域対立の解消による韓国社会の変革を掲げて出馬した盧武鉉氏でしたが、地域対立の感情は抜きがたく落選。自身3度目となる落選によって政治生命が絶たれたのかとおもわれましたが、『ノサモ』の会員は諦めず、さらに支援の熱を高めて勢力を拡大。このように、今までの韓国内における選挙戦の常識を覆す支援運動を展開する『ノサモ』なる団体によって2002年、盧武鉉氏は次期大統領の有力候補にまでなっていきます。

 浅田次郎氏の言葉を借りれば『目の無いクスブリ』であった盧武鉉氏は、韓国現代財閥の御曹司でFIFA副会長の鄭夢準氏と大統領候補を争い、『ノサモ』の力もあって統一候補になり、韓国最大の保守政党であるハンナラ党大統領候補の李会昌氏と激突。僅差で勝利して大統領となり、『大いにハネた』のでした。

 優秀な権力の追及者が、良い為政者になるとは限らない例に漏れず、盧武鉉政権の始まりは、『ノサモ』との対立という波乱含みのスタートとなります。大統領選挙直前の2002年当時、韓国に駐留する米軍の兵士が、韓国人の少女を車でひき殺すという悲しい事件が起こり、それに怒った国民が大規模なデモを展開。中心となったのは、やはり『ノサモ』会員を筆頭に『386世代』、それ以下の若い世代が参加し、米軍撤退を求めて激しい抗議を繰り広げる中、盧武鉉氏は『米国との平等な関係を求める正当な要求』と米軍撤退要求運動を激励し、慎重な対応を求めるハンナラ党の李会昌候補との違いを見せつけ、反米に狂乱する国民の支持を集め、この対応の差が僅差の勝利に繋がったと言われています。

 大統領当選者となった盧武鉉氏は、米韓同盟なくして韓国の安全は担保されないという事を誰かに進言されたのでしょうか、激化する米軍撤退要求デモを自粛するように呼びかけます。
 
 驚いたのはデモに参加した人々で、『反米、反独裁、反地域対立、ついでに反日』同志であったはずの盧武鉉氏が『アメリカを擁護している!』と激しく反発。困った盧氏は対応に苦慮し、主な支持層である人々を鎮圧する事は出来ず、一緒になって米国に撤退要求を突きつけるわけにもいかず、結局うやむやにして時間が過ぎ去る事を待ちますが、国民の極端な反米感情の悪化を招き、米国からは『反米主義者が大統領に就任する』と受け取られ、現在迷走する盧政権を形作った象徴的な出来事といえます。

 就任後の盧武鉉大統領は、地域対立解消のために動き出すかに見えましたが、金大中氏率いる前政権下において、長い長い間韓国社会の頂点には決して食い込めなかった全羅道出身者が政権の中枢に多かったことを問題視し、これを追放しようと調査を開始します。今までの差別による反動という見方もできる『全羅道出身者偏重人事』を追求される形となった金大中氏と派閥の議員は、盧武鉉氏と対立することになり、これが後に前代未聞の大騒動を引き起こす原因を作ることに。(後述します)

 大統領就任演説の中で、朝鮮半島の懸案である北朝鮮問題に関しては、当然、金大中氏の『太陽政策』を継続することを表明し、『北は敵ではなく協議相手』だとして敵視する事を止めるように国民に呼びかけ、元々北朝鮮に擦り寄る宥和政策だと言われていた『太陽政策』をさらに積極的に推進していく考えを明らかにし、『北東アジア共同体構想』なるものをぶち上げ、一応米韓同盟の重要さに言及しますが、今までの北朝鮮との対立において、武力行使をせず、平和的共存あるいは統一を目指す政策と、抑止力として駐留し続ける米軍の存在が矛盾することは誰の目にも明らかであり、大統領就任前の盧武鉉氏の行動を見ていた国際社会、特に米国はこの時から、決定的に対韓国の政策を転換させていきます。

 就任後初めて米国を訪問した盧武鉉氏は、米国との関係を重視する旨ブッシュ大統領に発言しますが、会談時間をわずか15分で打ち切られるという冷遇ぶり。『お前の頭の中は透けて見えてるんだよ』と突き放されたも同然なのですが、会談は大成功だった!と自画自賛する狂いっぷりを目撃した私は、この頃から『だめだな、今度の大統領も』という感想を持ちましたが、これからさらに狂っていく韓国社会、政治、外交を予想することは出来ませんでした。

 まず、組閣人事を発表した大統領は、新内閣の改造を行わず、継続的で安定する政権を作ることを発表しますが、人事の内容を見て仰天しました。地域対立その他の対立を乗り越え、新しい韓国社会を作る事を掲げていた盧大統領の人事は、まさに『左翼政権』という名がピッタリくるこれまで共闘してきた身内を配置。バランスを著しく欠いた人事を行います。金大中氏の影響から脱したい盧氏は金大中派を遠ざけ、検察や警察、の制度改革を発表し、国家情報院(諜報機関)のトップに人権派弁護士を配置して前政権の影響力排除に乗り出します。

 怒った金大中派は盧武鉉氏と対立し、民主党が分裂。盧武鉉氏とその取り巻きは『ウリ党』を結成して一転少数与党に転落する事となり、下野した民主党はハンナラ党と共に大統領を弾劾するという前代未聞の事態が勃発。国内は大混乱に陥り、一時は大統領弾劾が圧倒的多数で可決されるなど非常事態寸前まで行きますが、国民の大部分が大統領弾劾を屈辱と捕えて反対し、なんとか辞任せずに済んだ盧武鉉大統領でしたが、弾劾事件の最中に選挙戦での不正を暴露され、清廉なイメージが崩壊し、『もうだめか?』と思われた中、『不正は認めるが、ハンナラ党の1割以下の金しか使ってない。もしそれ以上なら辞任する』という日本人には理解不能の釈明で切り抜けを図り、それで韓国民は納得するという、これまた理解不能の事態となったのでした。

 辛くも大統領の地位を保つ事に成功した盧大統領は、より鮮明に『親北』政策を実行に移します。朝鮮日報に代表される韓国の保守的な報道機関を敵視して規制を強めようとし、『ノサモ』がそれに連動して不買運動を展開。これまで反政府を掲げてきた『左翼系』報道機関をあからさまに支援して国民の意識改造に乗り出します。さらに、政権与党内に金大中派がいた頃には、米国のイラク戦争に派兵をしてポーズをとっていましたが、たがが外れた盧氏は在韓米軍の人員削減を積極的に支持。米軍が保持する戦時における米韓軍の指揮権を剥奪する事も発表し、完全に『あちら側』に行ってしまう事になりました。

 このような動きに国民は危機感を持つべきなのですが、竹島問題や歴史教科書問題、総理の靖国参拝問題を積極的に批判し、韓国民の意識を日本に向けさせているために気が付くわけも無く、反日の動きに呼応する形で『反米』も織り交ぜ、『反米帝、反日帝』という北朝鮮と同じ思想を作り出すことに成功。

 これらの一連の動きのすべては、盧武鉉大統領が望むところではないのかもしれません。が、登用した人材や主な支持層による主張が原動力となっていることは明らかであり、朝鮮戦争後、北朝鮮によって植えつけられた『新北派』の種が満開の花となって咲き乱れ、さらに種を落として増殖してきた結果が現在の韓国社会を形作っています。
 現在進行中に見える赤化統一へのステップは、いよいよ『易姓革命』宜しく、『親日派』と呼ばれる人々を弾圧する法案が可決されるに至って最終段階へと移行していきます。

 それでは明日以降、『親日派』弾圧へ向けた動き、これから来るであろう韓国社会の混乱を予想してみたいと思います。今回のエントリーはここで終りとします。長文を読んでいただきありがとうございました。またご訪問ください。



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王毅中国大使、前原代表から言質取れず
 本日、民主党の前原代表と中国の王毅大使が会談したようです。先日、前原代表が中国共産党局長との会談で総理の靖国参拝に関して、中国側に同調する形で参拝を止めるべきと総理を批判しました。民主党の新代表は与しやすいと踏んだと思われる中国は、早速大使を使って前原氏の靖国参拝批判を引き出そうとやって来たようです。(NIKKEI NETより以下引用)

王毅中国大使「靖国参拝、日中・日韓関係損なう」・民主代表に
 中国の王毅大使は7日夕、都内で民主党の前原誠司代表と会談した。王大使は小泉純一郎首相の靖国神社参拝問題について「日中、日韓関係を損ねている。日本は賢明な判断をすべきだ」と批判。前原氏は「戦略的立場から国益を踏まえた外交が重要だ。日中とも互いにプラスになる関係を築きたい」と強調した。 (21:04)


 日本の内政に干渉する事を正当化するために、野党の政治家などを利用して日本政府を批判させるというのは、中国の常套手段です。あちらの策略に乗って批判をするというセンスの無さを今までの民主党の幹部達は続けてきたわけですが、前原代表も前回まんまとやられましたね。
 今回の会談を良く見ると、直接的に総理を批判していないようです。あいまいな言葉で煙に巻いた形に見えなくもない。取りあえず、直接言及しなかった事は良いですね。

 以前から私が言っているのは、自分が靖国参拝に反対であろうが、なかろうが、内政干渉という許してはならない事を、軽々しく外国の要人との会談などで一緒になって批判してはいけないという事です。たとえ自分の信念であろうとも相手の狙いは明白なわけですから。

 今日の午後、韓国与党の議長とも会談されたようですが、特に靖国などに関する発言はなかったようなので、こちらもスルー出来たのかも。
しかし、あいまいな言葉で逃げ続けると、いつかはっきりとした言葉を求められるでしょうし、今までの民主党は、あちらの思惑通り発言してきたわけですから、党としての一貫性などを突っ込まれた際、困った事態になる可能性が大きく、今のうちにはっきりと内政干渉にNO!と発言しておいたほうがいいですね。そうすれば、かなり民主党を支持しやすくなります。真の二大政党時代の到来を待ち望む私としては、早くこのことに気付いて欲しい。

 外国に同調して靖国参拝を批判するから、おかしく感じるのであって、もし本当に自分が反対だというのなら、外国による内政干渉に抗議しつつ、参拝批判をすればネット界での反発も随分弱くなるのではないでしょうか。

 いつも読んでくれている皆様、連続で特集している朝鮮半島シリーズは執筆中で、明日、明後日にはアップできると思いますので、もう少しおまちください。



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中国に親しみを感じる?
 恒例の中国その他の国に対する好感度調査が行われたようです。最近の中国による一連の挑発行動は、どのように反映されているのでしょうか。(yahoo ニュースから以下引用)

<本社世論調査>「中国に親しみ」31% 若い世代冷え込み

 毎日新聞が実施した世論調査で、米国、中国、韓国の3カ国に対する親近感を聞いたところ、米国に対して「親しみを感じる」と答えた人が65%に上ったのに対し、韓国は4割強、中国は約3割にとどまった。特に中国に対しては68%が「親しみを感じない」と答え、20~40代の若い世代でいずれも7割以上だった。日中関係が政治的に冷却し「政冷経熱」と指摘される中、国民感情の冷え込みを浮き彫りにした。
 ◇韓国は44%、米は65%
 調査は9月2日から4日まで全国4550人を対象に面接で行い、2418人から回答を得た。
 米国に対しては、親しみを「かなり感じる」(14%)と「ある程度感じる」(51%)を合わせて「感じる」が65%に上り、「あまり感じない」(28%)と「全く感じない」(5%)を合わせた「感じない」の33%を大きく上回った。特に「かなり感じる」と答えた男性は17%で、女性の10%を大幅に上回った。
 これに対し、中国に「親しみを感じる」人は、「かなり感じる」(4%)、「ある程度感じる」(27%)を合わせて31%。逆に「感じない」人は、「あまり感じない」(50%)、「全く感じない」(18%)と7割近かった。世代別にみると「感じない」人は、70代以上で59%、60代で65%、50代で69%。20~40代ではいずれも70%以上に上った。中国では今年4月大規模な「反日デモ」が起き対日感情の悪化が表面化したが、若い世代を中心に日本側の感情も冷え込んでいるようだ。
 一方、韓国に「親しみを感じる」人は、「かなり感じる」(7%)、「ある程度感じる」(37%)を合わせて44%。「感じない」人は、「あまり感じない」(40%)、「全く感じない」(14%)を合わせ54%で、親しみを感じない層がやや上回った。30~70代以上では傾向にあまり差がなかったが、20代では「親しみを感じる」人が50%に上り、各年代を通じ唯一、「感じない」(49%)を上回った。ドラマなどを通じた「韓流ブーム」が若い世代の対韓イメージに影響したとみられる。【佐藤千矢子】
(毎日新聞) - 10月6日3時2分更新



 まあ、当然の結果というか、逆に3割も親しみを感じる人がいるんですね。そっちの方がびっくりです。いくら日中友好だーとかいってもだめなものはだめですよね。最初から日本に敵意を剥き出しにしてるし、なんだか鼻息も荒すぎて引いてしまいます。

 気になったのは、韓国に対する調査で、20代で親しみを感じる人が若干上回ったことに無理やり韓流ブームに結び付けてる時点で、この世論調査に疑問が湧きますね。韓流ブームで対韓感情良くなってる世代がいますよーって言うためにこの世論調査したんじゃないの?ねえ?毎日新聞の佐藤さん。



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朝鮮半島赤化統一へのカウントダウン 歴史は繰り返すのか 3
 先日から2回にわたって、分断された朝鮮半島、特に韓国がたどってきた歴史を日本からの独立~朝鮮戦争~腐敗した独裁体制~軍事独裁時代まで簡単に紹介し、『反共、反北国家』であった韓国における『親北派』がどのようにして生まれ、成長していったのかを書きました。

 本日は、朴大統領暗殺後、民主化運動のひとつの頂点であった『光州事件』の経緯、文民大統領登場による民主化へと続く一連の韓国国内の動き、民主化達成後、朝鮮戦争を直接知らない大統領の登場によって出現した、現在の韓国の迷走はどの様に起こったかを考えていきます。

 前回のおさらいを少し。朝鮮戦争休戦によって北は共産主義国家、南は民主主義(一応)国家となった南半分の大統領、李承晩氏は、正体を現し、腐敗した独裁者となって国民は飢え苦しみます。北朝鮮の豊かさにあこがれた人々がデモや暴動を起こし、大統領を辞任に追い込み、赤化統一の危険を感じ取った軍部はクーデターを決行。

 朴大統領率いる軍事政権下において、韓国は日本との関係を改善させ、支援を引き出して経済再興に成功し、飢えによる北への憧れは薄れていきますが、一方で政治活動の禁止、戒厳令を敷いて外出の制限などで従わない国民を弾圧して民主化の要求が高まる要因を作ってしまったのでした。

 貧しい時に豊かになれるとそそのかし、強権的な政治下には、『北』と一緒になれば民主的になると嘘をついて北朝鮮は韓国民に浸透し、抑圧に抗議する団体を組織、あるいは既にある団体に潜り込んで中枢まで上り詰め、徐々に自分達の思想を刷り込んで勢力を拡大。朴政権末期において完全独裁体制に移行すると、大統領暗殺の工作をしたり、デモや暴動を激化させていきます。

 デモや暴動が激化すると武力で鎮圧し、それに怒った学生らがデモをさらに激化させるといった悪循環に陥り、戒厳令まで敷いて沈静化させようと必死に対応しますが、容赦ない弾圧に国民の怒りは頂点に達します。1979年、朴大統領が側近のKCIA部長に暗殺されると、文民出身である崔国務総理が大統領に就任し、絶大な権力が大統領にあつまる憲法を改正し、民主化することを発表。国民の間に民主化の春がやってきた、と歓喜の声が上がります。・・そう思われた矢先、全斗煥少将がクーデターを決行し、戒厳司令官や国防相を逮捕して軍部の実権を掌握。朴政権と同じ軍部独裁を継続させる事を決定します。

 一瞬の民主化の夢から醒めた国民は、ソウルや光州でデモを激化させ、軍部は戒厳令を韓国全土に拡大。政治活動の禁止、国会を強制解散、デモの拠点となっていた大学を閉鎖、民主化運動の先頭に立っていた後の金大中大統領などを逮捕。怒りを爆発させた光州市民は軍と衝突し、数十名の市民が死亡。これが後に言う『光州事件』へと発展します。

 数十名の死亡者が出たことで、デモはさらに激化します。それを見た軍部は鎮圧を図り、光州を封鎖して大規模な武力による鎮圧を実施し、今度は子供や老人まで巻き込んでしまいます。当然怒った市民達は20万人という嘗て無い規模の抗議を繰り広げ、バスなど車両をバリケードにして軍の侵入を防ごうとしますが、軍部はなんと、自国民に対して火炎放射器などを使って弾圧。それでも一向に鎮まる気配は無く、市民は全羅南道道庁舎を占拠、抗議活動に参加する人数は30万人まで膨らみます。

 それを受けた軍部は数万の鎮圧軍を派遣し、電話線を切断して光州市を完全包囲という形で答えます。釈放されて再度抗議運動の先頭に立った金大中氏を軍部は扇動罪で再び逮捕。包囲され、ライフラインを絶たれた光州市民は事態を収拾するため『市民収拾対策委員会』を発足し、政府側との交渉に入りますが、『抗争隊指導部』という暴動を指揮していた団体が条件を不服として徹底抗戦を主張。多くの一般市民は抗戦から離脱しますが、残った5万人が集会を開き、最後まで戦い抜く事を決議します。

 抗議運動は一部の先鋭化した集団を残すのみ、と踏んだ軍部は戦車を市内に突入させますが、それを阻止しようと道路に横たわっていた市民を轢き殺し、米軍に国内の混乱を鎮めるため戦車や軍隊が市内に入って武力行使するお墨付きをもらって軍を市内に進め、多数の市民を殺害。こうして『光州事件』は最悪の結果となって幕を閉じ、数千名の逮捕者を出し、先頭に立っていた金大中氏には内乱罪が適応され、死刑判決が下されます。(後に減刑)

 『光州事件』を武力で鎮圧した全少将は、崔大統領を辞任に追い込み、大統領に就任。朴大統領の路線を継続させ、経済発展に重点をおいた開発独裁を推進。1982年には、長年続いた夜間外出禁止令を解き、戦後初めて国家元首として来日したり、米国との関係を強化し、ソウルオリンピック開催を決定したりと国内は一応安定に向かいました。

 一方で、全大統領就任中には、ビルマ(現ミャンマー)のアウンサン廟において北朝鮮による爆弾テロで狙われ、自身は助かりますが、大勢の閣僚が死亡。ソウルオリンピック直前の1987年には大韓航空機爆破事件があったりと、北朝鮮による直接的な攻撃が多かったのも特徴でしょうか。

 ソウルオリンピック開催が決定し、国際社会の目は韓国の独裁的な体制に批判を強め、息を吹き返した『親北派』は憲法改正、民主化などを要求して活動を強めます。全大統領が政権の委譲を表明したことを受けた盧泰愚(全斗煥氏と陸士で同期)氏は、大統領選の公約として民主化を掲げ、久しぶりに行われた大統領選で当選し、大統領就任。

 こうして始まった民主化へのプロセスでしたが、前大統領の全氏が権力を手放す事を嫌い、院政を敷こうと画策します。対抗する盧泰愚大統領は当時の政敵であった、金泳三(後の大統領)氏、金鍾泌(朴大統領の片腕)氏らを取り込み、政権を安定させて全氏の不正などを追及して追い落としを図ります。(全斗煥氏は後に光州事件、不正蓄財などで死刑判決を受けましたが特赦)

 民主化を掲げて当選した盧泰愚大統領でしたが、自身が軍部出身の上に、光州事件などでも主導的役割をはたしたこともあって、性急な民主化は行われず、次の大統領の到来を待つ事になります。
 任期中の主な仕事としては、崩壊直前のソ連との国交樹立を果たし、北朝鮮を支援してきたソ連に武器の供給や、特別価格での原油の提供を止めさせ、かなりの経済的打撃を与えた事で弱った北朝鮮と南北首相会談を開催する事に成功したり、国連への北朝鮮との同時加盟があげられます。朝鮮半島の2つの国は、どちらか一方が国連に加入する際、西側、東側の常任理事国が拒否しあう状態が続いた中、ソ連や中国と関係改善をして、半島全体で国際社会の枠組みへ導いた事はかなり評価してよいと思うのですが、次の金泳三政権下で不正蓄財、光州事件への対応を巡って追求され、懲役17年の判決(後に特赦)を受けて評価はされませんでした。

 さて、1993年、盧泰愚氏の次に大統領になった金泳三氏は、韓国建国以来、一瞬だけ文民出身者が政権のトップについた時期はありましたが、朴~全~盧と長い間続いた軍部出身の大統領時代がついに終わり、ようやく文民出身の大統領の誕生となりました。この金泳三政権をもって韓国は名実共に民主主義国家として歩き出すわけですが、盧泰愚政権下でソ連崩壊に伴う東西冷戦の時代は終結し、共産圏の国家とも関係改善を果たし、北朝鮮との対話が始まり、韓国主導による朝鮮半島の平和的統一が実現する、と希望的観測が高まる中、翌年に北朝鮮の金日成主席が他界。後継者に全大統領暗殺作戦など、対南工作の指導者『金正日』氏が就任し、関係は一気に凍りつきます。

 経済が極端に悪化し、餓死者を数百万人も出した北朝鮮でしたが、偉大なる将軍様は屁とも思わず、経済的理由による韓国主導の統一は遥か彼方へと遠のきます。民主化を達成した韓国において、本来、民主化を要求していた人々は活動を停止するはずでしたが、金泳三大統領は光州事件で逮捕されたり、弾圧された人々を大部分名誉回復させ、今まで強権を振るっていた軍部に対して不正蓄財の追及や、光州事件での弾圧を理由に次々と有力者を政界から追放。この時代が、保守層の衰退と北朝鮮に対するアレルギーが薄い層の増大を招くターニングポイントといえると思います。

 根っからの野党人であった金泳三氏は、理想論で国民を慰撫しますが、韓国経済の柱である財閥を敵視して経済を停滞させ、1997年のアジア通貨危機によって止めを刺されてIMFに支援を要請。一時韓国経済がIMF管理下におかれるという屈辱を受け、無能ぶりを発揮。民主化の名を借りた『親北派』の各界への浸透にもほとんど興味をしめさず、支持率が低下する中、ためしに日本を糾弾してみたところ、大反響が巻き起こった事に気分を良くしたのか、その後も困ると日本糾弾。民主化され、国民と直接対峙する事になった大統領の便利なカードとして利用され続ける『反日』。現在まで延々と続く『反日』を叫んで国民の不満を外に逸らす韓国政府の中興の祖といったところでしょうか。(初代『反日』は李承晩氏)ちなみに金泳三氏大統領時代の唯一のご自慢は、日本の閣僚による『妄言』糾弾で5人辞任に追い込んだことだそうです。(プッ)

 金泳三氏は、経済がIMF管理下に置かれるという失態を演じ、再選は目指さず、次に大統領に選出されたのが、『不屈の民主化闘士』または『北のスパイ』といわれた金大中氏でした。金大中氏は、どん底の経済の立て直しをはかり、先進産業を重点的に発展させるなど、経済的には金泳三氏よりはマシなところを見せますが、北朝鮮への宥和政策『太陽政策』を推進し、良いように北朝鮮から金を搾り取られ、上向いてきた経済が、実はバブル経済であった事が国民に知れると支持率は急落。歴史的会談として世界から注目された南北首脳会談も莫大なワイロを支払って実現した事がバレ、韓国人として初めて受賞したノーベル賞に泥を塗ってしまったのでした。こうなれば、後は『反日』しかありません。就任当時、未来志向の日韓関係を目指すため、反日は言わないと約束した大統領でしたが、やっぱり反故にして、強硬な反日へと大きく舵を取り、日本人を絶望のどん底に叩き落してくれましたね。そんな事をしている間に、着々と『親北派』は韓国民の心の中へ侵入していくことになります。

 この金泳三、金大中氏と続いた民主化後の文民出身の大統領ですが、日本統治時代を経験し、朝鮮戦争も知っている戦前世代ということもあって、『限度』はある程度心得ていました。政権の中枢に金鍾泌氏を置いた事で保守層の意見を取り入れるといったバランス感覚を持ち合わせていたのですが、この後に大統領になる人物は、どちらも持っていない『戦後世代』から選ばれ、韓国社会はより歪んでいく事になります。

 民主化宣言以来、労働組合の結成が認められ、次々に労組が発足。思想に対する制限もされず、教職員組合を筆頭に公然と『赤い』人々が表立って活動を始めます。この頃から、北朝鮮と同じ極端な反日教育がされるようになったと見られ、以降生まれた子供達は、先日ネットで話題になった、小学生が『反日』を表現した絵を描き、地下鉄の構内に堂々と掲示した事に象徴される子供達であり、小さい頃からゴリゴリの『反日』人間を大量に生産するといった異常な社会を作り出しています。

 教育現場で深刻なのは、『反日』を子供達に刷り込む一方で、『北朝鮮は同民族で怖くありませんよ、悪いのは日本とアメリカ』という北朝鮮で教えられている『反日帝、反米帝』史観をそのまま教えている事です。悲しい事に、韓国ではどの様な異常な現象であっても、『反日』であれば異を唱えることが出来ないため、かなり年配の層でも『日本は正しい歴史認識を持て!』と、壊れたレコーダーのように繰り返す始末・・

 『北朝鮮との統一を見据えた価値観の統一を図っている』という見方ができるかもしれません。が、日本とアメリカを敵に回すことは決して韓国のためにならないですし、北朝鮮による工作の結果である事が明らかであるにも拘らず、冷静な見方が出来る韓国人もいるはずなのですが、オールマイティーカード『反日』を出されると、皆、口をつぐんでしまって、正論などが封殺される状況下にあります。

 この様な社会が出現しても、現在の政権を担当する与党や、大統領は危機感を持っていないばかりか、逆に推進している節もあります。北朝鮮との関係について、楽観的な妄想が蔓延し、国際社会で自分達が置かれている立場を理解していない行動をするのも、戦前を知る世代から隔絶された『歴史認識』を持つ世代の台頭あってのものでしょうか。

 それでは、今日はこれくらいにして、明日以降、いよいよ現大統領である盧武鉉氏就任後の韓国社会を見て参りたいと思います。



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公明党が創価学会より下命を受ける
 本日は、2本立てになります。まず最初は軽めのエントリーです。

 公明党の主力支持団体というか、ほぼ全ての票田となっている創価学会から厳しく叱責されたようです。まずはこのニュースをご覧下さい。(NIKKEI NETより以下引用)

創価学会、自民に厳しく意見表明を公明に要望 
公明党は5日、公明党本部で支持母体の創価学会と政策課題などについて協議した。創価学会中央社会協議会の原田光治議長は先の衆院選に触れ「勝ち過ぎともいえる自民党に対し、厳しく意見を言える存在として期待が高まっている。政権与党にありがちなおごりを排した政権運営をお願いする」と要望した。公明党からは冬柴鉄三幹事長、井上義久政調会長らが出席した。 (21:00)


 自民党の議席大幅増で、政権内の存在感が薄れている公明党の幹部が叱られて小さくなってうつむいている図が脳裏に浮かびました(笑)この会合終了後、公明党の冬柴幹事長はイラクに派遣されている自衛隊の撤退を主張したり、総理の靖国参拝中止を求める発表など、連立を組む仲間である自民党に対して批判を展開。そういえば、こんな事を以前言ってたよなあ、と思い出しました。

 自民党と公明党はいくつかの政策、理念に深刻な乖離があり、代表的なのが上記二つでしょうか。あまり自民にこれらの主張を言い立てると捨てられると思うのですが、大ボスから命令されて仕方なくといったところか。イラクへの自衛隊派遣に関しては、前原氏が就任する前の民主党は反対していたのですが、バリ島のテロ以降、テロ対策法案の恒久化を打ち出してきた為、自衛隊撤退期限が来て、延長を決定する時にもしかすると民主党は賛成、または期限を切らない恒久法が成立するかもしれず、今までこれを自民党に対するカードとして使っていた公明党は益々存在感が薄れる事を懸念したんでしょうね。

 総理の靖国参拝に対する公明党の『政教分離の原則に反する』から反対というのは、『自分が限りなく黒に近いグレーのくせに、お前が言うな』と、にやり皮肉な笑顔が浮かびますが、もっと強硬に反対して、自民党と亀裂を作って欲しい。早く連立が解消される事を心から願う。

 そして、公明党といえば『外国人参政権』付与の急先鋒。在日韓国人で作る団体である『民団』を訪れて・・(民団新聞より以下引用)

中央本部の金宰淑団長は3日、衆議院選挙後初めて公明党の神崎武法代表、浜四津敏子代表代行、冬柴鐵三幹事長らと国会内で面談し、来年1月の通常国会で「地方選挙権法案」が成立するよう改めて要望した。

 地方参政権特別委員会の辛容祥常任顧問、呂健二副団長らが同席した。金団長は韓国国会が今年6月、アジアで初めて永住外国人に地方選挙権付与を決議した点を強調、同党の法案提出を要請した。

 これに対して神崎代表は、「連立与党の公約をこれ以上先延ばしするわけにはいかない」と、次期国会での成立に全力を尽くすと答えた


 日本に永住する外国人に対する地方参政権付与に関して、私は国民の主権を外国人に移譲するなんて明確に反対です。しかも、朝鮮総連と並んで、強力な圧力団体である民団による意向を受けた公明党が推進するなんて、きな臭くってどうしようもない。
 
 人権擁護法案とセットで法案通過を狙う目的の先にあるのは、北朝鮮崩壊、あるいは朝鮮半島内乱による難民流出を日本が受け入れる事を想定した態勢作りを前倒ししているという観測もあります。流入してくる難民達が長い間日本にとどまる事になれば、当然参政権を得ることになり、国民が反対すれば人権擁護法案を盾に『差別だ』『人権侵害だ』と勢力を拡大して自治領を作ることも夢ではありません。(現時点では想像に過ぎませんが・・)

 実際、戦後『在日』の人たちは、『差別』などを叫んで様々な特権的な権利を持つ『団体』になっており、その団体が推進する法案には懐疑的にならざるを得ません。国民的議論になるべきこの様な重要法案について、マスコミはダンマリを決め込み、反対の論陣を張っている人が大勢いることを無視しています。

 自民党は一刻も早く公明党と連立を解消し、マスコミはこの問題を法案提出がされる前に特集するべきだ!



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民主党の行方 ⑨ 党内左派との対決
 第163回特別国会が開会されて2週間。委員会での論戦も始まり、前原代表率いる民主党の新しい形が、少しずつ明らかになってきました。就任当初から言い続けている対案路線、官公労やひも付き議員との対決はどうなっているのでしょうか。10月に入ってからの民主党、前原代表の動きを追っていきましょう。

 まず、前原民主党の公約ともいえる対案路線の第1弾、郵政法案の対案が3日に提出されました。内容的には以前から報道されているものとほとんど変わっていませんが、郵貯部門を決済専門にする予定だったのを、収益の見通しが立たないということで、小額の定額性預金を認める形になっています。この法案が提出されても可決されないことは分かっていながら、それでも現実的な法案に近づけた事を評価します。今までのように、『どうせ通らないんだから、現実的じゃなくていいよ』なんていう以前の無責任さからは一歩前進したようです。
法案の中身を詳しく知りたい方はこちらへどうぞ→(民主党版『郵政改革法案』党HP

 次に、公務員改革については、最初の委員会質問でも言及されましたが、身分保障をはずし、代わりに労働3権を付与するという、公務員の人件費を単純に下げるだけの与党案とは違って、かなり踏み込んだ内容でした。これには、党内で官公労のひも付き議員と戦って勝利しないとなりません。昨日、早速初対決があったようです。(北海道新聞より以下引用)

公務員給与で早くも応酬 民主・前原代表「見直し必要」、公務労協「高くない」  2005/10/05 09:02
 民主党の前原誠司代表は四日、党本部で郵政関係労組や自治労などの官公労組による「公務公共サービス労働組合協議会(公務労協)」の丸山建蔵副議長らと会談した。前原氏は「公務員の給与水準の見直しは必要だ」と引き下げを提言したが、公務労協側は「決して高いとは思わない」と反論した。

 同党は年末までに公務員制度改革案をまとめる考えで、前原氏は「公務員給与見直しの一方で(スト権など)労働三権を認めるべきではないか」と指摘。公務労協側は「今後、党と労組でしっかり協議してほしい」と注文した。

 また、前原氏は「労組と(政策が)違うところが出てきたときは国民的な視点で判断する」と“是々非々”の姿勢をあらためて強調。

 今後の方向性については「『小さな政府競争』はしない。無駄は削るが、社会保障を含め必要なことは残す」と述べた。

 会談は前原氏が「官公労との関係を見直す」と発言したことを受け、公務労協側が要請して実現した。



 いいですね。官公労のトップがきても擦り寄りませんでした。高すぎる公務員給与削減を直言したり、スト権などの付与なども、委員会質問に立った時と同じです。党内左派は前原代表が本気でやると確信したでしょうね。これから本格的に党内で戦いが始まりそうです。
 政府側の説明では、スト権を付与すると行政が円滑に機能しなく恐れがあるといって躊躇しているようですが、逆にスト権を付与して、浮世離れしている教職員組合などがストライキを連発してくれれば、世論の反発は必至で、彼らの目を醒ます絶好の機会になる、と私は思います。

 続いて、『特別会計は徹底的に追求していく』と、改めて定例会見で強調し、特別会計の担当者を決めて追求していく方針のようです。これは他の人がやるんじゃなくて、注目の集まりやすい党首同士でやるべきです。小泉総理は前向きに検討すると答弁されていましたが、各省庁の大臣から早くも異論が噴出しているので、注目の集まる場で前原氏自身がしつこく追及することによって世論を喚起し、まず実態を明らかにして欲しい。

 前原代表の就任当初、心配された左派による圧力で態度が変わるという状況は、今のところ起きていないようですね。選挙が近くなるにつれて抵抗が激しくなる事が予想されますが、色んな法案を提出して先手を打っていけば、党内の支持基盤が弱い前原氏を左派陣営はなめているでしょうから、勝機はあります。頑張れー。

 次は前原氏の専門分野である安全保障問題に関して。先日、バリ島でテロがあり、一時日本で関心が薄れていたテロに対する警戒が強くなってきました。バリ島でのテロがあった数日前に在日米国大使との会談で、以前から民主党が与党を追及するために用いた言い回しで『戦闘地域か非戦闘地域かの議論があり、早期撤退が民主党の立場』と発言していたのをみて、だめだなあと思っていたのですが、テロ後、特措法期限が切れて、延長するための法案提出に関しての発言をご覧下さい。(民主党HPより一部引用)

前原誠司代表は4日午後、党本部で定例の記者会見を行い、インドネシアでのテロ事件とその対応、日本政府の情報収集能力強化、テロ特措法延長問題、公務労協との意見交換の内容などについてコメントした。

 前原代表はまず、インドネシアのバリ島で自爆テロが起こり、日本人を含む多くの死傷者が出たことについて、亡くなられた方々へ「心からご冥福をお祈り申し上げる」とし、負傷された方々にも「1日も早い回復をお祈り申し上げる」と表明。「卑劣なテロというものは絶対に許してはならないという思いを新たにした」と厳しく指摘した。

 これに絡めて前原代表は、わが国の情報収集体制の貧弱さに懸念を示し、民主党が、イギリスにあるJIC(統合情報委員会)の日本版の組織を早急に立ち上げるべきだと主張していることを紹介。各省庁などが、「ばらばらに情報を持っていて、お互いの連携ができていない」状況を変え、「それぞれの情報コミュニティが持っている情報を、一つの機関が吸い上げて、お互いに共有する」ことにより、分析、政策立案、危機回避に活かすべきだとした。この提案については、新体制の対案路線の柱の一つにしたいとの意向も示した。
 
 テロ特措法の延長問題について前原代表は、イラク特措法と一体的に考えるべきだとして、その整理をどうするかという点、洋上給油が「どういう実績を挙げて、なぜこれからも必要なのか、どういう評価を関係諸国から受けているのか」などについて、国民に説明責任を果たしているかという点、「特別措置法の繰り返し再延長」は好ましくなく、「総合的なテロ対策の恒久法」への考え方という点の、三点を軸に考えるとした。前原代表はこの二点目の、政府による説明責任について、特に重要視していく意向も示した。



 以前の民主党が反対するために使っていたレトリックはやっぱりおかしいと思っていたんでしょうね(笑)。個別に特措法を作るのではなくて、テロ対策に関する法案や制度が統合的になることは歓迎です。もう、あのうんざりするような言いがかりや、胸がむかつくレトリックなど聞きたくないですから(笑)。もう一つ、特措法による自衛隊派遣で『国会の事前承認か事後承認か』という事で前回の派遣時はもめましたが、前原氏は今後こだわらない方針だそうです。追い風を受けた形でどんどんまともな安全保障政策を全面に出せますね。(前原氏も小泉総理に匹敵するほどの強運があるのかも)

 そういえば、民主党は前原代表のブログ開設を検討しているようですね。おそらく総理の靖国参拝についての前原氏の対応を巡ってコメント欄が炎上すること必至(笑)ですが、単純に東アジアの国々への反発や前原氏が参拝しない事を批判しているのではなく、国益を考えて民主党、前原氏に動いて欲しいという意見を取り込んで、土下座外交に終止符を打って欲しい。


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朝鮮半島赤化統一へのカウントダウン 歴史は繰り返すのか 2
 一つ下のエントリーからの続きになります。
 昨日は、極東アジアの危険要因の元凶北朝鮮に擦り寄る韓国の現状について少し触れ、対北アレルギーが極端に少なくなった世代、勢力を作り出した原因である『北朝鮮の意向を受けた勢力』が、今起こりつつある韓国の赤化統一の危険性を高めているという事をご紹介しました。

 本日は、『北朝鮮の意向を受けた勢力』(以下、親北派とします)がどの様に韓国国内に浸透し、勢力を拡大していったか、1945年以降から朝鮮戦争、独裁政権、文民大統領誕生による民主化前夜までの韓国の政治体制の変移、民主化の過程などを紹介しながら動きを追っていきたいと思います。

 1945年、敗戦に終わった米国との戦争で、当時日本の一部であった朝鮮半島は、北半分がソ連の、南半分が米国の影響下におかれました。ソ連軍大尉であった金日成と、上海で細々と亡命政府を運営していた李承晩は、金日成はソ連、李承晩は米国を後ろ盾に、朝鮮半島独立に向けて激しい主導権争いを行い、当時米ソは朝鮮半島に統一政府を作るべく両者に話し合いの場を設けますが、協議は決裂し、南に『大韓民国』、北に『朝鮮民主主義人民共和国』(長いな・・)が設立され、38度線を境に国家が分断される事態となったのでした。

 1948年、武力統一を求める金日成に対して、米国との直接対決を避けたいソ連は朝鮮半島から軍を撤退させ、それを受けた米国も翌年軍政をとき、司令部を半島から撤収。この年に中国では米国が支援してきた国民党が劣勢となり、共産党が勝利して『中華人民共和国』が成立したため、米国のアジアにおける防衛ラインをフィリピン~日本~アリューシャン列島まで後退させます。

 これを好機と捉えた金日成率いる北朝鮮は1950年に『南進』を開始し、武力統一を目指して一気に攻め込みます。突然の北朝鮮による侵攻に驚いた米軍は、ソ連が欠席中の国連安全保障理事会で『北朝鮮弾劾決議』を採択し、米国を中心とした国連軍を結成しますが、勢いに乗る北朝鮮軍はわずか3日でソウルを陥落させ、韓国政府はソウルの南にある水原に避難。そのまま統一されるかと思われたものの、北朝鮮軍はなぜか3日間進軍を停止。

 この間に日本に駐留する米軍が韓国に上陸し、反転攻勢に出ますが、準備不足が否めない米軍は各地で敗北。米軍と韓国軍は総崩れとなり、南端の釜山まで追い詰められることに。事態の打開を図りたい米軍は釜山で必至に防戦して援軍を待ち、国連軍を結成したマッカーサー将軍は苦戦しながらも仁川に上陸し、一気にソウル奪還に向けて進軍。38度線まで押し返す事に成功したのでした。

 少し話がそれますが、韓国軍が釜山まで敗走を続ける中、韓国政府は『保導連盟』という組織に登録していた人々を大量に殺害します。この『保導連盟』とは、当時、韓国国内にいた元『抗日パルチザン』に参加したゲリラ兵士や、共産主義勢力に何らかの影響を受けていた人々に対して、『保導連盟』に登録して思想改造を受ければ処罰しないと宣伝し、38度線より南に住む共産主義者、あるいはシンパシーを感じていた人々は『反共』である李政権下における弾圧を恐れて登録します。ところが、これによって『親共』勢力の名簿を手に入れた韓国政府は、敗走のドサクサに紛れてこれらの人々を政治犯として逮捕、拘束し、収容所にて殺戮します。

 この弾圧で身内を殺されたり、酷い目にあった人たちの『反共政府』に対する恨みは凄まじいものがあったと思います。現在から見れば考えられない事ですが、当時は共産主義国であるソ連が計画経済を導入し、お得意のプロパガンダで理想郷を描いてみせた事もあり、貧しい人達や、抑圧された人達にとって憧れの思想であったようで、当然朝鮮半島に住む人々にとっても例外では無く、さらに、重工業を中心に工業が盛んで、インフラの整っていたのは北半分の地域であり、南半分の地域は、今の韓国から想像もつかない程の貧しい地域でした。
 確信犯的な共産主義者だけならともかく、一種のブームで被れた人も多かったと思いますが、ゴリゴリの『反共』であった李大統領は徹底的に弾圧し、遺恨を残す結果となりました。

 話を戻します。反撃に成功した韓国は、38度線を越えて統一を果たすチャンスが来たと考え、国連に承認を受けて越境。対する北朝鮮は中国を統一した中華人民共和国に参戦を要請し、受けた周恩来は一応義勇軍の形をとった軍を派遣。前線だけで20万、後方に100万人といわれた中国の大軍と国連軍が全面的に対決する事になりました。
 国連軍は一時、北朝鮮の首都平壌を陥落させる事に成功しますが、中国の本格参戦で戦局は一進一退。当時の最新鋭機MIG-15を投入して制空権を握った中国北朝鮮連合軍は平壌を奪還、続いて再度ソウルを奪回。劣勢に立った国連軍でしたが、なんとか立て直してソウルを取り返し、38度線まで押し返します。

 倒しても、倒しても一向に減る気配の無い中国軍100万にマッカーサー将軍は業を煮やし、北朝鮮への補給線を絶つために米国政府に核兵器も含めた満州爆撃を進言しますが、トルーマン大統領はこれを拒否し、マッカーサー将軍を解任。こうして膠着状態が続き、ソ連提案による停戦会議が数度にわたって開催され、双方譲らず交渉は難航しますが、1953年、休戦協定が国連軍と中国北朝鮮連合軍の間で結ばれ、3年に及んだ朝鮮戦争は休戦という形で終り、北緯38度線付近の軍事境界線が両国にとっての事実上の国境となりました。(ちなみに、李大統領は休戦協定を不服として欠席)

 こうして38度線を境に国が分断された形になった訳ですが、その後南北双方が武力統一を主張しあった結果、現在までその状況は変わりません。では、ここから朝鮮戦争後の韓国における政治体制の変移を見て行きましょう。

 休戦協定締結の会合に条件を不服として欠席をした李大統領は、武力による半島統一を掲げ、『保導連盟』弾圧後も『反共政策』を強力に推進し、韓国国内において共産主義者の一掃に乗り出しますが、自身の権力を強化する過程で邪魔になる者に対して『北のスパイ』、『親共産主義者』と、実際には共産主義者ではない者に対してもレッテルをはって葬ったため、多方面から恨みを持たれる事になります。この『北のスパイ』というレッテルは、『反日』と並ぶ、邪魔者を排除する絶好の切り札となって、その後の韓国に大きな弊害をもたらす事になるのですが、その原因を作ったのは元祖『反日、反北』の李大統領と言えるでしょう。
 
 政敵を葬った李大統領は、憲法改正を行い、選挙介入までして『終身大統領』となり、自由を愛する民主主義者では無く、ただの権威主義的な独裁者であることを証明します。絶対的な権力を掌握した李大統領とその取り巻きは、企業との癒着などで腐敗し、米国からの援助なしには成立しない経済を放置してやりたい放題。『こんな状況なら北朝鮮に統一された方が良かった』と、思う人間が出てくるのは当然であったかも知れません。

 腐敗し、大統領選挙で大規模な不正を行った李大統領に国民の怒りはついに爆発します。各地で学生を中心としたデモや暴動が頻発し、大統領への糾弾が高まり、自宅を包囲された李大統領は辞任を表明し、哀れハワイへと亡命する事となりました。
 朝鮮戦争の結果、特に南半分の地域は壊滅的な打撃を受け、休戦後も大統領一派による腐敗と怠慢で復興の遅れていた韓国に対して、元々インフラが整い、自力のある北朝鮮による統一を本気で望んでいた人達が多かったこの時代に『親北派』の種は芽を出したと考えられます。

 李大統領亡命後、政治制度を議院内閣制に移行させた韓国。大統領の権限は抑えられたものになり、首相の権力が強くなります。張勉という人が首相に就任しますが、李大統領を追放した事で勢いを得た学生達は、板門店にて北朝鮮の学生達と会談するためにデモを繰り広げます。
その数は10万人とも言われており、かなりの勢力を誇っていたと思われます。文民出身の張首相にはこの運動が止められず、『赤化統一』の危険あり、と急遽軍事クーデターを起こして実権を掌握したのが朴少将(後の大統領)率いる『軍事革命委員会』のメンバーでした。

 政権を奪取した『軍事革命委員会』は『国家再建最高会議』と名称を変更し、治安対策、旧政権下における腐敗の一掃、経済再興などを実行。同時期に韓国の諜報機関として有名なKCIAを設立し、頻発するデモや暴動を武力で鎮圧。朴少将は李政権下で『南朝鮮労働党』という親共組織に加わっていたため、デモを主催したり、暴動を扇動したりする『親北派』をよく知っていたといわれ、かなりのスピードで『親北』勢力は力を失っていくことになります。

 軍を退役した朴少将は、1963年に大統領選に立候補し、当選。その後は日本でも良く知られる開発独裁による経済復興に成功し、当時世界最貧国のひとつであった韓国を救う一方、軍事力を背景にした強権的な政治によって弾圧された人も多く、評価は二分されていますが、日本統治時代に内地の陸軍士官学校を卒業し、日本を良く知る朴大統領は、李大統領時代とは打って変わり、国交正常化を成し、日本から莫大な援助金を引き出して『漢江の奇跡』と呼ばれた驚異的な経済成長を成し遂げ、今日の豊かな韓国があるのはこの大統領のおかげであると言っても良いでしょう。

 こうして豊かな国へと成長していった韓国内で、貧しさからくる北朝鮮へのシンパシーは消滅し、『親北派』も力を失って行くと思われたのですが、朴大統領に権力欲の魔力が襲い掛かります。前政権とは比べ物にならないほど清廉であった大統領でしたが、権力に対する執着は強くなり、民主化要求に運動方針を変えた『親北派』への弾圧はもちろん、自分に意見する与党議員や側近まで追放し、戒厳令を敷いて政治活動の一切を禁止するといった、完全独裁体制に移行します。

 禁止されれば運動が先鋭化するのはどこの国でも同じで、一向に民主化に向かう気配が無い朴政権末期において、『親北派』は力を持ち直し、各地で学生を中心としたデモや暴動が頻発し、武力で鎮圧→暴動が激化→民主化要求の高まりという悪循環に陥り、この後、光州事件で頂点を迎える民主化要求運動へと続きます。一旦は成功したかに見えた赤化統一の危険の排除は、強まる独裁への反発として、より強力に蘇るといった皮肉な結果になり、1979年、朴大統領は側近のKCIA部長によって射殺されました。

 さて、かなり長くなりましたので、この辺で纏めに入りたいと思います。豊かさを求めた朝鮮戦争直後の北への憧れと、豊かさをある程度獲得した後の独裁体制の崩壊を願う民主化への憧れ。どちらも抑圧された人にとっては喉から手の出るほど欲しいものです。共産主義勢力による浸透は、この様な不満を巧みに利用し、世間をあまり知らない学生やインテリ層に理想論を説き、北朝鮮は地上の楽園であると宣伝することによって貧しいものには豊かさが得られると言い、北朝鮮が半島を統一すれば同時に民主的な世界がやってくると嘘をついて組織し、浸透してきました。

 ソ連や中国も同じでしたが、学生を扇動してデモを起こさせ、インテリ層におよそ現実的でない『主体思想』などを説いて心服させ、長い時間をかけて政治、マスコミ、教職者などの社会に影響力の大きい職業に就かせることによってジワジワと社会の変容を待つという迂遠な戦略も彼らの手の内であり、武力による解決、テロやゲリラによるかく乱、といった直接的な手法とは違い、気が遠くなる程時間がかかるこの戦略は、実は一番恐ろしいものであり、日本も一時期(現在も影響は残っていますが・・)共産主義や社会主義を礼賛する政治家やマスコミ、教職員組合を中心とする教職者が大きな力を持っていました。

 直接的な手法による赤化統一が難しい現在、この迂遠な手法による戦略がもっとも韓国内で先鋭化しており、『反共』を言わない代わりに『反日』を手段とした韓国の保守層の切り崩しが行われていると考えられます。韓国の重大な欠陥として、どの層を取ってみても『親日』はありえず、『反日』を理由とした北朝鮮による工作が明らかであっても、それを排除する事は事実上不可能で、各界に『親北派』が浸透することを防ぐ事ができないという、とんでもない状況が現在出現しているのだと思います。


 『反日』にかまけて盲目になっていると、近い将来本当に朝鮮半島のすべては赤くなってしまうぞ!



 ここまで読んで頂いた方、お疲れ様でした。このエントリーを書く予定時間を大幅に超えてしまった為に、私も疲れました・・(笑)明日以降、光州事件から現在までの韓国について書こうと思っていますので、これに懲りずにまたご訪問ください。



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朝鮮半島赤化統一へのカウントダウン 歴史は繰り返すのか 1
  先日のエントリーで、6カ国協議閉会後の各国の動きについて紹介しました。今回のエントリーから、特に極東アジア不安定要因の元凶である北朝鮮、その北朝鮮に擦り寄る韓国がもたらす日本、国際社会への影響を朝鮮戦争開戦前夜~現在までの半島の歴史を絡め、何回かに分けて特集し、考えて参りたいと思います。

 まず、先日発表された韓国大統領の発言をご覧下さい。(東亜日報から以下引用)

盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領が、韓米連合軍司令官が現在持っている韓国軍に対する「戦時作戦統制権(戦時作戦権)」の行使の可能性を取り上げたことで、その背景に関心が集まっている。

盧大統領は1日、鶏龍(ケリョン)大学で開かれた第57回「国軍の日」記念式の演説で、「(最近発表した)国防改革案は、自主国防の意志を盛り込んでおり、特に戦時作戦統制権の行使を通じて、自ら韓半島の安保に責任を負う名実共に自主軍隊に生まれ変わることだ」と強調した。

盧大統領はさらに、「韓半島をめぐる不信と対立の壁を壊し、北東アジアに平和と繁栄の秩序を実現するためには、韓国の意志と能動的な役割が非常に重要だ」と述べた。

盧大統領は、以前にも戦時作戦権の還収問題を取り上げたことがあるが、これを「行使する」と表現したのは、事実上初めてだ。

韓国は、金泳三(キム・ヨンサム)政権時代の1994年、韓米相互防衛条約締結(1953年)以来、韓米連合司令官が行使してきた韓国軍に対する作戦統制権のうち、平時作戦権を取り戻したが、戦時作戦権はまだ韓米連合軍司令官が有している。

在韓米軍司令官(米陸軍大将)が、韓米連合司令官と在韓国連軍司令官を兼任している。

軍内では、盧大統領の戦時作戦権行使発言が、韓国軍合同参謀本部の独自の作戦遂行能力の向上を骨子とした国防改革案を念頭に置いたものと見る見方が支配的だ。国防改革案は、自主国防の実現に焦点が合わせられているだけに、戦時作戦権の行使は「必須要素」ということだ。

金晩洙(キム・マンス)大統領府報道官も、定例会見で「戦時作戦権の還収は、自主国防の要として、盧大統領が未来ビジョンとして強調してきた事案だ」と述べた。

板門店(パンムンジョン)共同警備区域(JSA)の警戒など、在韓米軍の10大任務が、来年末までに韓国軍に移管される状況を考慮すると、戦時作戦権の還収を本格的に取り上げる時になったという分析もある。

しかし一部では、韓国軍が戦時作戦権の行使に必要な先端戦力を備えていない状況で、「戦時作戦権行使」を言及することは、韓米同盟に不必要な誤解を与える恐れがあると指摘する。

国防部関係者は、「戦時作戦権還収問題は、安保状況を慎重に考慮して推進されなければならず、まだ本格的な協議は行なわれていない」と述べた。

一方、盧大統領は国軍の日の行事で、「韓米同盟は、北朝鮮核問題解決の糸口を見出し、北東アジアの平和と繁栄の土台づくりに大きな力になった」とし、「韓米同盟は、今後も包括的で躍動的かつ互恵的な同盟に、さらに発展していくだろう」とつけ加えた。



 『戦時作戦統制権』とは、韓国が有事(例:北朝鮮からの侵攻)の際、韓国軍の指揮権は在韓米軍司令官が持つことになっており、米軍が主導権を握って事態に対応する権利で、朝鮮戦争以来、有事の際は米国を中心とする国連軍(司令官は在韓米軍司令官)と韓国軍が共同で当たる事になっています。(別の見方をすれば、韓国軍は勝手な事が出来ないように楔を打ち込まれていると言えます。)

 盧大統領は、この『戦時作戦統制権』を米軍から取り戻し、韓国が自主的に有事に対応する体制を作ると言っている訳ですが、日本における自衛隊と米軍の関係と同じで戦力が分担されており、米軍の協力無しには自衛隊だけで有事に対応できない様に、韓国も似たような状況であり、自分だけで防衛出来ない歪な戦力構造のまま、統制権の取り戻しを発表した事に韓国の保守層はもちろん、米国や日本でも問題視されています。

 私は、韓国が国防を自主的に行う事に反対するわけではありませんが、北朝鮮が核保有宣言をし、関係する周辺諸国や米国が朝鮮半島の非核化に向けた話し合いをもっている最中に、均衡しているパワーバランスを崩すような事を発表するのは、理解に苦しみます。
 朝鮮半島が平和的に統一され、軍事的緊張が無くなった場合であれば話は分かりますが、まだどうなるか予断を許さない状況での盧大統領の動きは、一体どのような背景があるのか見ていきたいと思います。

 現在、韓国では朝鮮戦争で韓国軍と共に戦った救国の英雄であるはずのマッカーサー将軍の評価を巡って、国論を二分する事態になっています。その象徴と言える事件が『マッカーサー将軍の銅像』を撤去しようと行動を起こしている人々と、それを阻止しようとする人々が衝突するという、韓国建国以来、朝鮮戦争を通じて北朝鮮と戦ったり、その怖さを知る比較的高齢の『反北、親米派』と、北朝鮮の怖さをあまり実感できない比較的若い世代の『反米、親北派』による対立が引き起こしている事件であると考えられます。

 マッカーサー将軍の評価は、『反北、親米派』が『韓国を赤化統一から救った救国の英雄』であるのに対して、『反米、親北派』は『民族分断の元凶』と、まるで別の国の国民が下した評価を見ているようです

 この『反米、親北』である人々は、韓国における報道機関の調査で『北朝鮮に脅威を感じますか?』あるいは『北朝鮮に親近感を持ちますか?』といったアンケートで『脅威に感じない』、『親近感を持つ』といった答えが大半を占めたと記憶していますが、一方で、『反北、親米』である人々は『脅威を感じる』、『同じ民族として親近感は感じるが、北朝鮮に脅威を感じる』という意見が大半だったと思います。
 北朝鮮が軍縮を始めるなど、なにか変化が起こったのなら『脅威を感じない』という意見がでることは考えられますが、実際には自国民が飢えて苦しんでいるのに『先軍政治』を推進する軍事優先の国家であることに何ら変わりはありません。

 では、なぜ極端に北朝鮮に対する意見に開きがあるのか。理由はいくつかありますが、大きな理由として『北朝鮮の意向を受けた勢力』による工作が成功しつつある、ということでしょうか。詳しくは次回以降のエントリーで書く事としますが、『反共、反日』であった李承晩大統領、『軍事政権』の朴大統領と独裁状態が続いた韓国で『民主化』を叫ぶ勢力の中に、多くの北朝鮮の意向を受けた勢力によって蒔かれた種が、長い時間をかけて花開いた結果と言えます。
 『開いた花』である『反米、親北』の人々が、『人権』弁護士であった盧大統領誕生に大きく寄与しており、当然、大統領の考えはこれらの人々と同一、あるいは、かなり似ていると考えられ、その様な考えを持つ大統領が『戦時作戦統制権』を取り戻す意向を示した事は、重大な意味を持ちます。
 
 最近、あるシンポジウムで『揺れる韓半島、どこへ行くのか』というテーマで討論が行われました。姜禎求(カン・ジョング)という大学教授は、米韓同盟について(以下、朝鮮日報から一部引用)

『韓米同盟は、反民族性、隷属性、反平和制、盲目制、恩返し論による捕虜制、反統一性といった6つの属性を持っている』

『韓国社会の大半は、崇米・自発的奴隷主義に傾倒している』

『特に国防部、外交部の官僚が崇米・自発的奴隷主義傾倒している』

『米国が他国の内戦(朝鮮戦争)に介入したことで戦争が拡散し、400万人が死亡した』

『韓米同盟、在韓米軍のため、韓半島は絶え間なく戦争の危機に追い込まれているので、韓米同盟を撤廃して在韓米軍を全面的に撤退させなければならない』

『韓国軍が、北朝鮮軍に比べて劣勢だという主張は、軍事費、経済力を考慮すれば、一種の詐欺』

『韓国は軍事力が過剰』



 と、こんな主張をされてます。北朝鮮に親近感を持ち、米国に悪感情を持つすべての人々が全部同じ考えとは言いませんが、『反米、親北派』の考えが良く分かる発言だと思います。分断の責任はすべて米国にあり、元凶である米国、米軍は出て行け!と、朝鮮戦争のもう一方の当事者である北朝鮮が『宣伝』している内容と全く同じです。この教授は『朝鮮戦争は、北朝鮮指導部が図った統一戦争である』という発言で警察当局の取調べを受けたそうですが、一昔前なら『親日』と並んで弾圧された『親北』発言をその後も連発している所を見ると、韓国の防諜機関の力もかなり落ちていると感じると同時に、『反米、親北派』勢力の増大に驚きを隠せません。

 こんな意見を鵜呑みにして、本当に韓国から米軍が撤退する事態になれば、どうなるか明らかです。ここで、朝鮮戦争開戦前夜の1950年、米国国務長官アチソン氏がアメリカの防衛線について発言した内容を紹介します。『米国が責任を持つ防衛ラインは、フィリピン~沖縄~日本~アリューシャン列島である』と発言し、これを受けて金日成主席は朝鮮半島の南半分について、米国が防衛ラインから外したと受け取り、取った行動は『南進』でした。

 朝鮮民族が自らの運命をどの様に決しようが、他民族である私がとやかく言う事ではないかもしれません。が、60年前までの一時期、同一国民であった隣人として、『悲劇の歴史を繰り返して欲しくない』と、一言ご忠告させて頂き、今回のエントリーはここで一旦終りにして、次回以降、もっと掘り下げてこの問題を考えていきたいと思います。



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民主党の行方 ⑧ 論戦スタート 
 先月30日、衆議院予算委員会において、いよいよ本格的に小泉自民党対前原民主党の論戦が始まりました。先日の衆院代表質問で風呂敷を大きく広げてしまった感のある前原氏。どの様に論戦を進めていくのか注目されます。まずは、初日の戦いぶりを振り返ってみましょう。

 まず冒頭で、師である松下幸之助氏の言葉を引用し、『国会議員は国家の経営者たれ』と、将来ビジョンを持ち、無駄遣いを省いた経営をしている会社経営者と比べて、借金まみれで将来ビジョンが無い、と指摘した上で、経営感覚の無い政治を無くし、良い意味での改革を競い合う事を宣言。健全な二大政党を発達させ、国民の利益につなげたいといったビジョンを打ち出しました。

 続いて、政府の総資産が700兆円とGDPに対して1.4倍となっている現状はどう考えても『大きな政府』であり、自民党マニフェストに記載されている『小さな政府』は欺瞞であると攻撃し、民主党は自民党よりも『小さな政府』を目指す政党であることを強調。ここから民主党の歳出削減案を展開していきます。

 特別会計について、『一旦すべての特別会計をゼロベースで見直し、31ある特別会計を仮に6に減らした場合、5.9兆円の歳出削減に繋がる』と『対案』を示し、政府に真剣に検討するように要求。これを受けた小泉総理は、『政府として真剣に検討する必要があり、無駄を省くと言う点について民主党と競争していきたい』と、前原代表の要求に前向きに取り組む姿勢を見せた。
 
 民主党の歳出削減案の目玉の一つである公務員改革について、『労働3権を付与した上で、身分保障をはずす』という『対案』を示し、人件費の削減だけでは無駄の無い行政機構を作ることは出来ないと、与党の公務員改革を批判。小泉総理は『スト権などの基本権は十分議論していかなくてはならない』と発言し、民主党案が、より踏み込んだ改革案であることを印象付けることに成功。

 その他、役所の架空予算について追求し、谷垣財務相に『精査し、予算要求の根拠と執行実績に乖離があればメスを入れる』という言質を取り、道路特定財源の一般財源化を要求し、定率減税の廃止に関しては、増税しない方針であった政府、与党は『公約違反である』と厳しく追及するという、一回目の委員会質問での戦いはまずまず成功といったところか。

 特に、特別会計はブラックボックス化していることもあり、実態が国民に知らされておらず、これからも追求を強めて欲しい。公務員改革についても、民主党案の『より民間企業の待遇に近づける』という方針には大賛成なので、与党、行政からの抵抗が強く、労働3権に踏み込めない総理を攻撃すれば民主党の株は上がるでしょう。

 全体的に、総理が『良い提案をしてくれた』といった発言を連発させたり、谷垣財務相から言質を取るなど、戦果はありましたね。民主党と与党の違いが見えないといった批判がマスコミなどでされていますが、改革の速度が遅くなったり、抵抗が強くて既得権益に踏み込めない分野が必ずあり、絶好の攻撃のチャンスが来ますので、それまで戦線を拡大させずに耐える事が出来るか。

 重要なのは、前原代表が質問の冒頭で強調された『経営感覚』を持たなければならないという事に関連して、優秀な経営者は『選択と集中』が出来なければならないと言う事。二大政党になるにあたって、政策が似てくるのは当然で、攻撃の機会自体はこれまでよりも減ることになりますが、そこを我慢してチャンスを待たないと、(チャンスが来ない→存在感が薄くなる危機感がつのる→取りあえず何でも与党攻撃)という無責任野党スパイラルに陥りますので、どうか耐えて欲しい。

 今日はあまり前原氏を批判できずちょっと物足りない(笑)ですが、代わりに松本政調会長がやってくれました。(民主党HPより一部引用)

30日午後、衆院予算委員会において松本剛明政調会長が前原代表からバトンを継いで質問に立ち、郵政民営化案の問題点や定率減税に関する自民党の公約と政府の政策の食い違いを追及した。

 冒頭松本政調会長は、本日大阪高等裁判所で小泉首相の靖国神社参拝に対する違憲判決が出されたことを取り上げ、首相として参拝する意味は重いと指摘し、首相に参拝継続の意思を問い質した。これに対して、首相は違憲とは思わず、違憲でないという判決もあると答えた。政調会長は、首相が司法判断を行うわけではなく、また明確に合憲とした判決はないはずであると述べたうえで、首相の今年中の参拝の意思を問い質したが、首相は「適切に判断する」と明確な答弁を避けた。


 あーあ・・やっちゃった・・この総理靖国参拝に関する訴訟は、各種ブログでも取り上げられてますが、『違憲判決』ではなくて、総理の参拝によって傷つけられたと主張するキ○ガイの方々の『損害賠償請求訴訟』判決の『傍論』で裁判官が『君達の言い分は分かったし、僕もそう思うよ。(←ココ)だけど、訴え自体は認められないから、君達の負け』という判決の主文に関係ない裁判官の『感想』なのです。
 以前のエントリーでも触れましたが、責任ある政党を目指す民主党の幹部が、外国の反日勢力によって起こされた裁判に乗っかって、堂々と委員会質問の席で『違憲判決』などと捏造して総理を攻撃するなんて言語道断で、自分の靖国に対する考え方はさておき、東アジア諸国の有力な政治的カードとなっている総理の靖国参拝で一緒になって攻撃するとは一体どういう神経をしているのですか?日本人の心の問題である靖国参拝問題は、外国にとやかく言われる筋合いはないと、どうして言えないのか。反日に迎合するようじゃあだめだな。民主党は。

 そんな、お○鹿さんの民主党政調会長である松本氏に朗報が。(NIKKEI NETより以下引用)

松本剛明衆院議員の事務所、事前運動の疑いで捜索
 兵庫県警捜査二課は1日までに、9月に投開票された衆院選の公示前に投票を呼び掛ける文書を配ったとして、公選法違反容疑(事前運動、文書頒布)で民主党政調会長の松本剛明衆院議員の地元事務所(兵庫県姫路市)を捜索、関係書類などを押収した。

 県警は同容疑で秘書らから任意で事情聴取を続けている。

 地元事務所によると、文書は後援会員約2万人に郵送したという。私設秘書の1人は「あくまであいさつ文で、投票依頼の文書とは考えていない」と話している。

 松本氏は衆院兵庫11区から立候補して落選したが、比例代表近畿ブロックで復活当選。党政調会長に就任した。〔共同〕 (13:23)


草葉の陰でご先祖様である伊藤博文公が泣いておられるぞ!松本政調会長!!


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東シナ海ガス田問題 日本マスコミが伝えない中国の真実 
 先日のチベット問題に引き続き、最近話題になることの多い東シナ海のガス田問題を通して、中国による一連の日本に対する挑発行動の本当の狙い、その背景にある海洋覇権の確立といった中国の侵略的行動について考えていきたいと思います。

 昨日、東シナ海ガス田問題について日中当局者の協議が始まりました。日中中間線至近での中国による一方的ガス田開発に抗議し、共同開発の道を探る日本側に対して、中国はどのような対応をしているのか、まずはこのニュースをご覧下さい。(NIKKEI NETから以下引用)

日中両政府は30日、外務省で東シナ海のガス田開発を巡る局長級協議を開いた。日本側は中国に日中境界線(中間線)付近でのガス田の開発中止と海域地下資源に関する情報提供を求めたが、中国側はいずれも拒否した。ガス田共同開発の前提となる境界線画定のための専門家会合も開催したが、議論は平行線をたどった。日中は1日も話し合いを続ける。

 協議には佐々江賢一郎外務省アジア大洋州局長と小平信因資源エネルギー庁長官、中国の崔天凱外務省アジア局長らが出席した。ガス田に関する日中局長級協議は5月以来。前回会合では中国が中間線の日本側に限定した共同開発を提案したが、日本が反発した。30日の協議では中国が情報提供などを拒んだため、共同開発の具体的な進展はなかった。政府は中国側の主張に対抗する狙いから、中国が「春暁」と名付けているガス田の日本名を「白樺(しらかば)」とし、同じく「断橋」は「楠(くす)」、「天外天」は「樫(かし)」と呼ぶことを確認した。 (22:12)



 日本側の提案は全て『拒否』。日中中間線の日本側に限っては共同開発しても良いと傲慢な中国の本領発揮です。すでに中国が開発しているガス田のデータの提供も拒否し、まったく日本側の意見を無視しています。これは、今まで中国側に遠慮して日本領海側のガス田付近で調査も行わなかった日本側の責任もあります。民間の採掘会社に試掘権を与えたりしていますが、安全の確保が出来ないために棚上げとなっており、ガス田の規模、どのようにガス田の範囲が中間線をまたいでいるのかといった情報さえ日本は持っていません。

 採掘会社の安全確保に関しては、海上保安庁の巡視船などを派遣することも検討されていましたが、中国側は先手を打ってきました。(中国新聞より以下引用)

日本、中国軍艦に抗議 ガス田協議、初日平行線


 東シナ海のガス田開発をめぐる30日の日中政府間協議で日本側は、9日に中国海軍が駆逐艦などをガス田周辺に派遣したことについて「協力の海にしたいという主張と整合性がないのではないか」と抗議。



 中国は予備役からなる部隊も創設し、今後周辺海域に展開させると考えられ、まるで武力衝突を望んでいるようにも見えます。この状況を受けて、日本でも海上保安庁の艦艇では中国海軍に対抗できないため、海上自衛隊に周辺海域の警備をさせたらどうか、といった意見もあり、一触即発の緊張が東シナ海に生じると考えられます。
 一方的に中間線付近で開発を始め、共同開発の提案にも応じず、海軍まで派遣して日本に圧力をかける中国。このガス田の他にも、ベトナムとの間でも同じように海上国境付近で海軍を展開させ、銃撃戦が勃発したり、東シナ海は中国のどす黒い侵略の意思によって『危険海域』になってしまいました。

 では、なぜ中国はこのような誰が見ても侵略的だと感じる行動を取るのでしょうか。最近、中国国内では急激な経済成長に伴う貧富の差が極端に拡大し、地方で暴動が頻発するなど、国内の情勢が悪化しており、『反国家分裂法』を成立させて台湾などの独立を阻み、国内の不満分子などへの弾圧を強化出来る体制を整え、ネットユーザーへの監視を強めたりして引き締めを図る一方で、清末以来、国内を一つに纏める方法として『扶清滅洋』、『抗日』などといった反外国を唱えることが効果的であり、近年の中国による一連の『反日』行動は、この『伝統的手法』によって国内の不満を外に向けようとしているのです。

 さらに、急激な経済成長をする過程において、原材料の調達やエネルギーの確保が難しくなり、膨大なエネルギー資源が眠っているとされる東シナ海のほか、日本を飛び越えて太平洋地域までの覇権を確立するという戦略を持つ中国にとって、日中中間線など本当はどうでもいいのです。現段階でも中間線に関して、日本が主張している海域よりもさらに日本側にある『沖縄トラフ』までが中国の領海であると主張しています。
 
 そう、中国には『協力の海にしたい』気など一片も無いのです。 この様に、国内を引き締めるための『反日』行動と資源確保、太平洋地域における覇権の確立と言う戦略を中国は複雑に絡めて動いています。日本側が採掘会社の警備、日中中間線の管理などに海上自衛隊を展開すれば、武力衝突が起こらなくても『日本軍国主義の復活だ!』と、さらに中国国民の憎悪を煽り国内問題から目をそらす事に成功し、日本がそれを恐れて中国の成すがままに任せれば、日本側のエネルギー資源を掠め取る事ができます。

 太平洋地域の覇権確立には日本はもちろん台湾、ベトナム、フィリピン、そしてアメリカも絡んできますが、先日、人民解放軍の高官が『米国と戦争になれば、米国本土に核を使った攻撃をする』といった挑発的な発言をし、すでに将来の米国との対決を意識した段階に入っているという分析もあり、これまでの東アジアの勢力図を完全に塗り替える事になりかねない事態になってきています。

 このように、中国の強硬な態度の背景には将来のビジョンに沿った戦略行動があり、東シナ海の中間線など序の口にすぎず、これまでのように『事なかれ主義』で『日中友好』などと言っていると、日本まで併呑されかねません。

 こんな事態になっても、日本には強硬に抵抗する手段を整えるために乗り越えないとならない『憲法』の壁があります。特措法を作ったり、憲法解釈で自衛隊派遣させることになれば、国内が混乱に陥る危険が大きく、そうなれば中国の思う壺にはまってしまう事になるでしょう。
 戦後60年間、棚上げされ続けた『日本防衛の形』に関する矛盾が、ここに来て一気に噴出する事となった今、政府と国会は一刻も早く改憲の手続きを定める国民投票法案を成立させ、改憲への準備を整えるべきであり、また、報道機関は中国の本当の狙いを分析して国民に提示し、国民の自衛に関する議論があらゆる方向から検討される機会を作るべきです。

 政府や国会議員、そしてマスコミは、日中友好などと眠たい事を言ってないで、中国の本当の姿を国民に知らせるべきだ!




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