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橋本派の凋落 利権構造崩壊へ
 先日、日本歯科医師連盟(以下日歯連)から旧橋本派の政治団体『平成研究会』(以下平成研)へのヤミ献金問題で起訴されている、元官房長官村岡被告の公判に自民党参議院のドン、青木氏が弁護側証人として出廷した。公判ではヤミ献金授受の現場に旧橋本派の幹部が出席していたかどうか、日歯連からの一億円を政治資金収支報告書に記載せずに提出する決定に関わっていたのは誰か、と言う事が争点になっている。

 ヤミ献金の授受が行われた会合の席に出席した日歯連側の幹部は、会合の席には橋本元総理、野中元官房長官、青木参院議員会長などの幹部が出席していたと証言し、政治資金収支報告書への不記載についても、旧橋本派の会計担当者から、幹部が決定に関与していないはずは無いとの指摘を受け、上記3名はそれぞれ東京地検の取調べを受けますが、会合に出席した記憶は無く、収支報告書に関しても記憶が無いとシラをきり、元会計担当者に責任を押し付けて不起訴が決定。大物政治家側からは、村岡元官房長官だけが起訴を受ける形となっています。

 今回の公判で青木氏はあらためて一億円の小切手の受け取りに関しては記憶が無いと述べていますが、『橋本氏や野中氏が青木氏も会合に出席していたと言うのなら、否定はしない』と関与をほのめかせる証言をしました。

 この『記憶に無い』というのは、一昔前に自民党の利権政治家が追い詰められた時の最終兵器として使っていた技でして、追求から逃れられないと察知すると急に老け込んだ演技で、どんな質問にも『記憶にございません』と答えて逃げ切りを図りました。最近はあまりこういう人を見かけなくなってきたのですが、さすがは利権政治家の牙城、旧橋本派ですね(笑)

 こんなニュースが昨日報道されました。ご覧下さい。(読売新聞から以下引用)

旧橋本派の政治資金、15億円が“行方不明”に
 総務省は30日付で、2004年の政治資金収支報告書(総務相所管分)と政党交付金使途報告書を公表した。政党や政治団体が集めた政治資金の収入総額は、前年比1・4%減の1381億円だった。

 自民党旧橋本派の政治団体「平成研究会」の04年分の報告書では、03年から04年への繰越金を2億9700万円と記載していた。昨年の報告書では、同じ03年から04年への繰越金を18億5300万と記載しており、15億円超の大幅な乖離(かいり)が判明した。

 過去の報告が実態とかけ離れた虚偽だったことを旧橋本派自らが認めたことは、政治資金公開制度の形がい化を露呈し、制度への国民の信頼を損なう格好となった。

 旧橋本派の報告書には、「15億円の乖離(かいり)」についての説明はなく、報告書上は、巨額の資金が行方不明となっている。旧橋本派は、異例の「宣誓書別紙」を報告書に添付したが、そこでは、「繰越金に乖離(かいり)が発生」と認めているが、「引き継ぎが不十分で、かつ過去にさかのぼることもままならない」として、事実上、説明を放棄している。
 同派事務総長の津島雄二・元厚相は29日、都内で記者団に対し、15億円の行方について、「解明する資料はない。長年、実態と乖離(かいり)した会計処理を続けてきた結果だ。特定の人にしか(会計の実態が)わからない仕組みだった」と述べるにとどまった。

 関係者の話を総合すると、差額の多くは、派閥の所属議員の活動資金や、国政選の候補者への選挙資金などとして流れていたようだ。使途を明らかにしたくない金を、「繰越金」として処理しているうちに名目上の金額が膨らみ、実際の繰越金はほとんどなかったと見られる。

 これまでの報告書によると、旧橋本派は03年までの5年間、毎年の繰越金を20億円前後と報告してきた。旧橋本派以外の各派の繰越金は、04年の報告書では多くても1億円余だった。


 政治資金収支報告書は、献金などによって集められた政治資金に透明性を持たせるため、政治資金規正法によって提出が義務付けられています。旧橋本派の行方不明の15億円は、この報告書に記載しなかった為に発生したものですが、いかにいい加減にお金を扱ってきたか良くわかりますね。
 規正法では特定の議員個人に政治献金が出来なくなったため、『平成研』などの政治団体に献金が集まるわけですが、献金者が政治家に直接陳情したい場合などは、政治団体に一旦寄付した後、特定の政治家に金が渡るように図るといった『迂回献金』があり、問題視されています。

 この15億円という大金の全部とは言いませんが、多くはこの迂回献金によって政治家個人に金が渡り、利権構造がバレるとまずいことになる為に繰越金として処理していたのでしょう。旧橋本派の最高幹部であった野中氏、橋本氏が相次いで政界を引退した事を受けて行方不明金を発表したのは、利権政治家を派内から一掃し、派閥再興を狙った動きであると言えます。

 団体(企業を含む)あるいは個人は、自らの理想や考え方に近い政党、議員に献金という形で応援し、政党、議員は特定の団体や個人に偏らない政治を行うというのが理想形ですが、利益誘導したい団体、個人と、行政などに影響力を持っているが政治資金が欲しい与党議員が結びついてきたのがこれまでの現実でした。

 旧橋本派は田中角栄率いる田中派の後継派閥として、小泉総理誕生以前の自民党では絶大な影響力を持っていました。田中派は田中角栄氏の強力な資金調達力を背景に勢力を拡大し、日本が高度成長を続けていた時代に、現在問題となっている道路やハコモノといった建設を中心とした公共事業を積極的に展開して日本は便利な国になりましたが、バブル崩壊後、長期の不況に陥った90年代、田中角栄氏亡き後も田中派の後継者たちによって、この公共事業積極推進の動きは止まりませんでした。

 田中氏の功罪は賛否いろいろありますが、政治の世界に公然と大利権構造を残してしまった点では罪あり、と言えるのかもしれません。田中後、政治家の力の象徴は金となり、資金力のある者が政治の中枢を占める状況が最近まで続いていたのは記憶に新しいところです。この様な勢力の跋扈を許してしまったのは、当時の野党第一党であった社会党に政権担当能力がなく、『自民党には金権問題があるが社会党じゃあなあ・・』といった感じで国民に選択肢がなかったことにあります。

 90年代に自民分裂による政界再編(混乱?)があった際、この構造を潰すチャンスが一度だけあったのですが、新党が乱立し、見境のない野合を繰り返しただけで、結局55年体制下で不倶戴天の敵であるはずの社会党と連立を組むという、ウルトラCを決めた自民党が政権の座に戻る事になり、この驚天動地の連立を主導したのが、旧橋本派のドン『野中広務』氏でした。

 野中氏は『どうしてこの人自民党にいるの?』と思われる程、社会党に近い存在であり、野中氏がいるから社会党も連立を組んだと言われたほど。自民を政権に返り咲かせるという大仕事を成し遂げた野中氏は当然、党内、派閥内で力を持つことになり、利権構造をぶち壊すために始まった政界再編は、利権構造の元凶田中派の後継派閥である橋本派が勝利するといった皮肉な結果となったのです。

 神も仏も無いと諦観していた国民でしたが、2001年小泉総理の登場によって状況は激変します。自分が所属する政党をぶち壊すと宣言し、利権構造を破壊する『構造改革路線』を推進し、改革に反対する『抵抗勢力』をぶっ潰す!と、突然現れた『変人』に、諦めていた政治が正常になるのではないか?と、国民は熱狂的な支持率で小泉氏を応援しました。

 これまで4年間にわたる『小泉構造改革』は、改革は進んでいないといった批判もチラホラと聞こえるようになって来ました。私自身、支持できない政策や法案もたしかにあります。しかし、政治の頂点で私益を欲しいままにしていた利権議員を苦しい立場に追い込み、主流派から追い落とした事は賞賛に値すると考えます。

 道路公団がもうすぐ民営化される中、旧橋本派の会計事情がずさんで最悪であった事が明らかとなり、未だに利権を死守するために蠢いている議員は怯えているでしょう。迂回献金の実態が暴かれることになれば、旧橋本派はもちろん、自民党に古くからいる議員も無事では済まないでしょう。かなりの政治スキャンダルになる事は必至ですが、今なら出来る。

巨大与党になった今こそ、利権議員を一掃すべきだ!



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民主党の行方 ⑦ 衆議院代表質問
 昨日、衆議院において、民主党前原代表、鳩山幹事長が代表質問に立ち、本日、参議院においても民主党議員が質問を行いました。注目の小泉総理との対決は?それでは、気になる発言などをまとめていきます。

 まず、トップバッターとして新代表前原氏が登場。冒頭で覚せい剤所持で逮捕された民主党前議員について謝罪。あまり風呂敷を広げない方がいいと思っていたのですが、『郵政』、『道路公団』、『議員年金』、『定率減税廃止』、『年金一元化』、『公務員改革』、『企業献金』『自公選挙協力』、『北朝鮮問題』と盛りだくさんになってました・・
 
 普段クールな前原氏ですが、精一杯テンションを上げていったとみえて声がうわずり気味でしたね。もうちょっと強弱をつけた話し方をしたほうが聴くほうにアピールすると思うのですが、今回は初戦ですし、仕方ないのかも。『なんにでも反対はしない』と宣言した後に、上記について順次質問していきましたが、風呂敷を広げすぎたせいもあって、総理の答弁は以前からの立場をそのまま説明する内容。気合が空回りした形か。

 この中のいくつかに絞って深く追求すれば、新しい総理の言質を取れたかもしれないのに、こんなにたくさん並べれば演説の内容が霞んでしまって、政治に興味の無い人には『前原さんって声が甲高いね』、といったイメージしか残らないでしょうね。

 ただ、この中で2つ良い質問がありました。『自公選挙協力』と『北朝鮮問題』への批判です。自民党と公明党は、小選挙区で自民党、比例で公明などといった選挙をする議員がたくさんいるのですが、自ら政党政治を否定していますし、自民支持の人の中には公明嫌いの方もかなり多く、自民党に投票する際もなんだか気持ち悪いですから、選挙協力を一刻も早くやめて欲しい。創価学会の集票マシーンとしての魔力が無ければ勝てない議員もいますが、切った方がコアな支持者を集められると思います。これはマスコミなどに出る機会があればドンドン言って欲しいですね。
 
 次に北朝鮮問題に対する政府の対応については、拉致、核、ミサイル、朝銀といった問題が解決しない限り経済支援はするな、とかなり頼もしい発言が聞けました。政府が頼りない対応をしてばかりなので、こちらも色んな所で喋って国民の関心を集めて頂きたい。安部氏などと組んで、政府に厳しい対応を求める超党派の体制が出来れば、この問題は動くと思いますので、やってみては如何?

 前原氏の代表質問に関しては、期待したほどの追求はありませんでしたが、なんでも反対しないと代表質問の席で宣言されたことは評価したいと思います。それを守れるかどうかが一番難しい訳ですが・・
もう一つ難を言わせてもらえれば、国民投票法案や、改憲について言及されなかった事でしょうか。まあ、明日から委員会質問が始まりますので、本格的な論戦は明日からとなりますが、広げた風呂敷をどうやって処理していくのか注目していきたいと思います。

 続いて、鳩山幹事長が質問に立ちますが、第一声が『国民の皆様、民主党幹事長鳩山でございます』はないだろう?(笑)失笑が議場を漂っていましたが、そこは『宇宙人』鳩山氏ですから(笑)。前原氏がテンパって声がうわずっていた事も手伝って、喋り方はかなりマシになった印象。以前のオドオドと怯えてるような喋りは鳴りを潜め、堂々と質問しているように感じました。質問の内容は忘れてしまいましたが(笑)。一点だけ記しておきますと、前原氏が言及しなかった憲法改正について、鳩山氏は賛成と明言されました。代表質問で改正に賛成を表明した事は評価できます。ただ、賛成の条件として、『大事なことはどんな理念に基づいて憲法を見直すかだ』なんていうどの様にも解釈して反対できる逃げ道を作ってます。そんなんじゃあ、前の民主党と同じなんじゃないの?なんだかんだと理由をつけて反対に回るつもりなのか?

 9条改正の理念って??2項削除して自衛権明記するんでしょ?前原代表も明言してるじゃないですか。自民党も自衛権明記で改憲案作ってくるのは分かってるくせに、理念が大事とか言ってる場合ですか?

ホントに大丈夫? 民主党!


 そういえば、民主党って次の内閣の閣僚を大臣って呼ばない事にしたんでしたよね。大敗して議席も少ないのに恥ずかしいとか言って。これなあに?(民主党HPより以下引用)
 

党の『次の内閣』閣議が28日夕刻国会内で開かれ、郵政調査会の中間報告(党の考える郵政改革法案)、議員年金廃止法案の中間報告、「障害者自立支援・社会参加促進法案」の議員立法登録・審査、「被爆者援護法案改正案」の議員立法登録などが、議論されそれぞれ承認された。

 閣議では、冒頭、それぞれ代表質問を終えた前原誠司ネクスト総理(代表)、鳩山由紀夫ネクスト国務大臣(幹事長)が、代表質問とそれに対する小泉首相の答弁を批判する感想を挨拶の形で述べた。特に鳩山幹事長は「国連常任理事国入りに関する質問には、すべて国連改革との言葉で答弁された。これでは常任理事国入りをあきらめたに等しい」と首相を批判した。

 閣議後、記者会見した松本剛明ネクスト官房長官(政策調査会長)は、郵政改革案について「ほぼ法案の骨子、考え方の部分は承認された。後は法文への落とし込み(法案化作業)になる。30日に臨時閣議を予定しており、そこで最終的に承認されることになる」と述べ、党のとしての政府案への対案、本物の改革案がまとまったとの認識を示した。さらに、遅くとも3日には法案提出の見込みであることを明らかにした。


おもいっきり総理とか大臣とか呼んでるじゃないですか・・こっちが恥ずかしくなりますね。二大政党の一翼を担うにはまだまだ早いようです。(笑)


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北朝鮮問題 拉致被害者を救出せよ
 先日の6カ国協議は共同声明を発表して、核放棄に向けた話し合いを持つ事が合意された。核放棄を実現する枠組みは、本当に作られるのか、横田めぐみさん他、大勢の拉致被害者の帰国は実現するのか、閉会後の各国の動きを整理したいと思います。

 6カ国協議閉会後、まっ先に動いたのは北朝鮮でした。閉会翌日ラジオ放送を通じて、核放棄よりも軽水炉提供が先と放送し、22日に行われた国連での演説でも、出来るだけ早く米国は軽水炉を提供すべきと発言、ついでに日本の常任理事国入りの動きを非難。さらに、北朝鮮の国内紙で、米国の核の脅威がなくならない限り、自衛の手段として核兵器を持ち続けると発表。

 この北朝鮮の先制パンチに、各国は北朝鮮の核放棄が先であると懸念を表明し、ここからそれぞれの国の立場で綱引きが始まります。
米国のライス国務長官は、北朝鮮への軽水炉提供の話し合いが持たれるには、最初に現存する核兵器の廃棄、開発計画の放棄、国際的な枠組みへ復帰し、IAEAの保障措置を遵守してからだと強調。ロシアも米国の意見に同調しますが、具体的な手順を述べるには至らず、各国が共同声明に書いてある通り協調するべきであるといった、一歩引いた立場であることを印象付けます。

 議長国である中国は、6カ国協議の終盤、イラク問題、ハリケーンへの対応で、苦しい立場にある米国の代表に、中国側作成の共同声明に合意しないなら、決裂の原因は米国にあると発表すると圧力をかけ、これ以上の失態がゆるされない米国は受け入れることに。(中途半端な合意案で米国が譲歩したのは、こんな背景があったのですね。)

 一方、本来自由主義陣営のはずの韓国は、先日のエントリーでも触れましたが、中国や北朝鮮よりの態度を取っており、閉会後早くも北へのエネルギー支援分担金を計算して発表したり、韓国国内で異常な訪朝ブームを作り出したりと6カ国協議での対立構造は、中ロ朝韓と日米という4対2のいびつな構造となっています。かの国の習性として、あっちに付きこっちに付きと、まるでコウモリのような行動を取っていますが、日米両政府関係者に、あちら側に行ってしまったと冷たい目で見られているようです。

 さて、わが国日本はどうでしょうか。共同声明採択を受けて、歓迎の意を表明した政府は、米国と立場を同じくしていますが、日本にとって最重要の問題である拉致問題は、6カ国協議では取り上げられず、日朝二国間協議を再開する予定を決めただけでした。その二国間協議についても、小泉総理や細田官房長官などは、拉致、核、ミサイルなどの問題が解決した後で、と前置きした上で、国交正常化という言葉を強調。今後に不安を残した形になました。

 6カ国協議開催中の9月15日、北朝鮮の金次官は、『拉致問題は本国においてしかるべき検討が行われている』と、解決に向けて動いていると匂わせます。(中国新聞から一部引用)

【北京14日共同=居石乃】六カ国協議の日本首席代表を務める佐々江賢一郎・外務省アジア大洋州局長は十四日、北朝鮮首席代表の金桂冠外務次官と北京の釣魚台迎賓館で約一時間二十分会談した。金次官は日本が要求していた日本人拉致問題の真相究明などについて「本国でしかるべき検討が行われている」と指摘、佐々江氏は日朝政府間の本格的な協議を申し入れ、金氏は「最善を尽くしたい」と応じた。


 日本側は拉致問題が動きそうだと踏んだため、共同声明に合意したと思われますが、甘い観測であったと言わざるを得ない事態になります。(中日新聞より一部引用)

北朝鮮、拉致調査応じず
前担当大使が会見
 【平壌=共同】北朝鮮の鄭泰和(チョン・テファ)・前日朝国交正常化交渉担当大使(朝日交流協会常任顧問)は23日、平壌市内で共同通信などと会見し、日本人拉致問題について2回にわたる日朝首脳会談で「完全に解決した」との認識を示し、横田めぐみさんの「遺骨」返還問題を除き、今後は調査や証拠提供に一切応じないと言明した。日朝政府間協議の時期は「10月でもよい」と述べ、日本側が求める10月開催を受け入れる意向を示した。

 日朝両国が合意した政府間協議再開を前に、拉致問題での北朝鮮側の原則的立場を強調し、日本側をけん制する狙いとみられる。

 鄭氏は、日朝間の懸案は拉致問題でなく、植民地支配に伴う日本の「過去清算だ」と主張。政府間協議に応じたのは「われわれの方が解決する問題が多いからだ」と述べ、政府間協議で過去清算を強く求める方針を明らかにした。


 ・・・やっぱり。嵌められましたね。こういう展開は今まで何度も見てきているはずなのに、なぜ合意してしまったのか。政府と、交渉担当の佐々江大洋州局長はもっと責められてしかるべきです。泥を被るつもりで日本が交渉を決裂させたとしても、閉会後の北朝鮮の態度を見ていると、マイナスには決してならず、逆に、本当は譲歩したくなかった米国に感謝されたかもしれません。

 この様な体たらくに拉致被害者家族は激怒しますが、当然であると思います。(神戸新聞より以下引用)

北朝鮮に拉致された被害者の早期救出を訴え、救う会兵庫のメンバーらが二十四日、神戸・元町の街頭で署名活動を展開した。被害者の一人、有本恵子さん=拉致当時(23)=の両親明弘さん(77)と嘉代子さん(79)も街頭に立ち、協力を求めた。

 メンバーらは、第四回六カ国協議の合意を受け、救う会と家族会の「北朝鮮は日朝政府間対話の再開に合意したが、生存者の帰国という緊急課題は全く進展していない。経済制裁を発動するしかない」とする声明文を読み上げた。

 嘉代子さんは、二十三日に北朝鮮側が「拉致問題は完全に解決した」として、「(一部を除き)今後は調査や証拠提供に一切応じない」と示したことについて、「これでは話し合いを再開しても同じことだ。この問題が解決しない限り、国交正常化はない。すぐにでも経済制裁をしてほしい」と話した。

 約二時間にわたった署名活動では、家族連れなどが次々と足を止め、嘉代子さんらを励ました。



 拉致被害者家族の中には、有本さん、横田さんといった高齢の方がたくさんいらっしゃいます。彼らの願いは、奪われた家族を帰して欲しい、それだけだと思います。被害者家族が先頭に立って経済制裁を叫ばなければならない状況は異常です。政府や国会で何もしてくれないからこの様な事態になっているのです。6カ国協議で合意してしまった以上、日本単独で経済制裁をかければ、参加各国から非難を浴びる事は間違いなく、自ら対北朝鮮カードを放棄したのはなぜなのか!

 北朝鮮や中国といった独裁国は、民主主義国家の弱点を熟知し、彼らの強みを全面に出して向かってきます。世論を気にしなくていいこれらの国と対峙する際、決して譲歩する態度を見せてはなりません。つけ込まれたが最後、ズルズルと相手の思うつぼになることは、今まで散々経験したはずなのに・・

 先の衆院選で与党は大勝利し、安定した政権運営が出来る今こそ、徹底的に圧力を加える事が出来るはず。拉致問題が解決しなければ、6カ国の枠組みから抜け、単独でも経済制裁をしてやる!と強い態度を見せれば、北朝鮮はもちろん、日本から金を搾り取れると踏んでいる韓国もあわてて交渉の土俵に上がるでしょう。

 昨日の衆議院代表質問で、民主党の前原代表は、拉致、核、ミサイル、そして朝銀問題が解決しないで国交正常化は認めないと演説のなかで明言しておられました。巨大与党に加えて、野党第一党が北朝鮮問題の包括的解決に意欲的な今、徹底した圧力を加える土台はできたとみるべきです。一部マスコミや、社民党、共産党等は反対するでしょうが、今までの対話路線で解決しない事は自明です。

 考えられるありとあらゆる手段を使って、拉致被害者を救出せよ!!



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チベット問題 日本マスコミが伝えない中国の真実 4
3回にわたって書いてまいりましたチベット問題。今回は、ダライ・ラマ法王亡命後のチベットについて紹介していきます。その前に、ちょっとおさらいをしておきましょう。
 
 1956年、人民解放軍によるダライ・ラマ暗殺の噂が飛び交ったチベットで、噂を聞きつけた民衆3万が、ラサにある夏の宮殿周辺に集結。抗議運動が暴動化し、鎮圧しようとした解放軍が民衆に向けて砲撃を開始。チベット国内は大混乱に陥り、ダライ・ラマ以下、チベット国民8万がインドへと亡命する事態に。後にチベット動乱と呼ばれる56年から続いた中国支配への抵抗は、チベット国民8万数千が死亡する最悪の結果となった。ダライ・ラマ亡命を知った周恩来首相はチベット政府の解散を宣言。ここにチベットという国は中華人民共和国に滅ぼされたのでした。

 国家元首を失ったチベットの民は、現在に至るまで、政治、思想、宗教、文化的弾圧を受け続けています。特に60年代後半から中国大陸を吹き荒れた『文化大革命』の嵐も、容赦なくチベットを襲います。
 1958年から始まった、毛沢東による大躍進政策は大失敗に終り、中国国内の経済は崩壊し、飢餓で2千万~5千万人と言われるほどの餓死者を出し、毛沢東は国家主席を辞任。権力の座を明け渡した形となった毛沢東でしたが、林彪らを使って劉少奇国家主席などを権力の座から引き摺り下ろそうと画策。

 主に、毛沢東を信奉する10代の若者によって組織された『紅衛兵』は、『実権派』と呼ばれた当時の劉少奇、小平などに代表される権力者、資産家、インテリなどを中心につるし上げ、各地で大規模な殺戮を行い、11年に及ぶ文化大革命の間に、2千万人もの人命が落とされました。また、宗教を否定するマルクス主義を極端に解釈した紅衛兵は、チベットに凶暴な牙を剥きます。
 
 チベットに襲い掛かった紅衛兵は、寺院を破壊し、仏教を信仰する人々を殺戮し、投獄、拷問、処刑とありとあらゆる破壊活動を展開。
この紅衛兵を代表とする中国による破壊は、チベット亡命政府発表によると、当時あった寺院の99%以上である6千もの寺院を破壊し、120万人ものチベット人が命を落とす、想像を絶する被害をもたらしたようです。

 あまりに凄すぎて、想像も出来ないというか、イメージが湧きませんね・・・人間ってここまで出来るんだと、絶望してしまいます。チベットのような平和な仏教国に、このような地獄の門が開くなんて・・
紅衛兵は煽った張本人である毛沢東にも制御出来なくなって、人民軍を投入によって解散させれられますが、これはたったの50年程前に起こった話で、今現在も、当時と同じ『中華人民共和国』が中国大陸を支配しているのです。ああ・・恐ろしい・・
 (余談ですが、日中戦争時に死亡した中国人の数が年々増加している事が話題になりましたが、毛沢東による大躍進政策、文化大革命で死亡した数を、日中戦争で死んだ事にして、実際の死亡者数に加算しているそうです。なんでもありだな?中国ってのは。)

 話を戻します。狂気の嵐が去って、平和な時代がチベットにやってくるのかと思いきや、まだまだ中国によるチベットへの弾圧は続きます。
 まず政治的には、チベットに残ったダライ・ラマ法王に次ぐ、最高権威パンチェン・ラマ10世は、中国によってダライ・ラマ法王への批判を強要されますが、これを拒否し、逆に中国の横暴を批判。

 本来、このパンチェン・ラマ10世は、国共内戦当時、国民党によって勝手に転生者として任命され、その後共産党側の手に落ちる。ダライ・ラマが転生者の認定に関わっていないため、チベット側は認めてこなかったのですが、17か条の協定(詳しくは前々回のエントリー参照)を結ばされた際、パンチェン・ラマの認定も強要されたのでした。そういう経緯で認定されたのだから、中国側は思い通りになると踏んでいましたが、まさかの中国批判。

 激怒した中国は、パンチェン・ラマを10年間にわたって独房に監禁し、安否情報すら一切知らせなかった。ようやく、監禁から14年目に公式の場に姿を見せた際、ダライ・ラマにチベットに戻るよう呼びかけますが、中国側の命令であったことは言うまでもありません。
 しかし、不屈の闘志で中国に抵抗し続けるパンチェン・ラマ10世は、チベットの現状を打破するため、中国側と交渉を続けますが、1989年、チベットを訪れた際、中国批判を展開したパンチェン・ラマは数日後、不可解な死を迎えます。

 ダライ・ラマとパンチェン・ラマは、互いに次の転生者を認定する関係で、パンチェン・ラマ10世の死、イコール次の転生者指名という問題が出てきます。ダライ・ラマ法王は次のパンチェン・ラマ候補を捜索し、1995年、当時6歳のニマ少年をパンチェン・ラマ11世として認定します。その数日後認定を受けたニマ少年は、両親と共に中国警察当局に極秘裏に連れ去られ、現在まで行方がしれず、国際社会から再三の面会要求にも関わらず、中国側はこれを拒否し続けています。

 その理由は大変ばかばかしいものですが、呉健民国連大使(当時)曰く『少年は分裂主義者によって連れ去られるおそれがあり、身の安全が脅かされている』そうで、『中国当局は、ダライ・ラマ法王によるパンチェン・ラマの認定を非難し、ニマ少年が転生霊童であるとは認めていない』んだそうです。

無宗教の共産主義者が宗教指導者を認定する??バ○も休み休み言え!と言いたい。

 このパンチェン・ラマに関する記事を読んだのが、4回にわたるチベット問題のエントリーを書くきっかけとなったのですが、現在、ダライ・ラマ法王が認定したニマ少年を監禁する一方、中国側は別の少年をパンチェン・ラマ11世として『認定』したそうです。現在のダライ・ラマ14世は高齢ということもあり、このまま中国当局の『認定』するニセモノが次のダライ・ラマを認定するなんて事になれば、この世から、チベットという国だけでなく、チベット仏教、文化も消えてなくなるでしょう。

 中国は、現在でもチベット内で独立を叫んだり、デモをした人間を逮捕、拘束し、寺院では、ダライ・ラマを批判する事を僧侶に強要しています。さらに、チベット女性には避妊手術を行い、チベット人が増える事を制限し、700万人もの大量の中国人をチベット内に移住させ、現在ではチベット人が少数派となっており、教育現場でもチベット語はほとんど教えず、漢族との同化を目論んでいます。就職の機会もチベット人にはほとんど与えられず、ほとんどのチベット人は、貧民へと転落。この様に、チベットでありながら、中国の一地方へと着々と支配は進んでいます。

 この同じアジアにあって、中国という隣国が行っている非道な侵略を、なぜ日本のマスコミは報道しないのか。なぜ日本の政府はアメリカなどのように、チベットの人権について中国を非難できないのか。このような同じ人間とは思えない所業を許すのか?ちゃんと報道しろよ!

 ダライ・ラマ法王には、もうあまり時間がありません。最近ではチベット人の完全自治を条件に、独立は言わないと譲歩されたようですが、中国側は、実効支配がほぼ完成した状況であることから、法王の要求が実現する事は難しいと思います。しかしながら、一本の糸で繋がった最後の希望であるといえますので、なんとかチベットの人々が心待ちにしているダライ・ラマ法王の帰還と、チベット人による自治を果たして欲しいものです。

 今回でチベット問題についてのエントリーは4本目となりました。はじめはここまで詳しく書くつもりではなかったのですが、知れば知るほど酷い話だと、怒りを抑えられず(笑)にここまで書いてきました。ほとんどの情報はダライラマ法王日本事務所HPから得たものですが、人権侵害などの実態などは、想像を絶しています。他にもチベットにはたくさんの問題があります。核の廃棄場、核実験場など、あまりに問題が大きくて絶望しそうになりますが、興味をもたれた方は、是非一度訪れてみてください。

参考URL

ダライ・ラマ法王日本代表部事務所HP





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民主党の行方 ⑥ 二大政党の一翼たりえるか 2
 本日28日、先日の小泉総理所信表明演説を受けて、野党による代表質問が行われます。注目の民主党新代表前原氏は、いよいよ本格的に強大な与党との対決が始まるわけですが、新しい民主党を国民にアピールする最初の機会がやってまいりました。どこまで与党に打撃をあたえられるか、注目です。

 それでは、民主党代表選以後の前原代表の動きを見てみましょう。

 代表就任後、執行部、次の内閣の人事などでは、多少の不満はあるものの、全体的に若く、党内左派を少なくした人事はある程度評価できます。
 その後、郵政改革法案に対案を提出して、徹底審議に持ち込むと宣言し、若手の原口氏を中心に来週前半にも民主党案として提出するために、現在急ピッチで作業が進んでいるようです。
昨日、民主党郵政法案の要旨が発表されたようなので、ご覧下さい。(中国新聞より以下引用)

民主党が27日了承した郵政改革法案の要綱素案の要旨は次の通り。

 一、郵政事業のうち民間に委ねることが可能なものは民間に委ね、郵便貯金と簡易保険の資金を民間部門に流れる仕組みとする。全国的にサービスを提供すべき業務については、国の責任で提供し、国民がサービスを受ける権利を保障する。

 一、郵便業務と送金、少額の通常貯金を含む決済業務は、あまねく全国に設置された郵便局により行われるものとする。

 一、郵政公社の子会社として、2007年10月1日までに通常貯金などの業務を行う郵便貯金会社を新設。公社はその株式の総数を保有する。

 一、通常貯金を除く定期性預金など郵便貯金は新規の受け入れを行わない。通常貯金の預金者ごとの制限額は500万円とする。

 一、政府は06年度中に制限額を現行の1000万円から700万円に引き下げる。

 一、公社の子会社として、07年10月1日までに郵政保険会社を2つ以上設立する。簡易保険は廃止し、郵政保険会社に分割譲渡する。公社は12年9月までに郵政保険会社の株式をすべて売却する。

 一、07年10月以降、公社の役職員には国家公務員の身分を付与しない。公社役職員に守秘義務を課す。

 一、公社の役職員数の削減、関連福祉施設の整理縮小を含め一層の経営合理化に努める。

 一、郵政事業に関係する国の機関からの公社への再就職を制限する。

 一、公社、郵貯会社、郵政保険会社は財投債、政府保証債、資金調達能力が不十分な特殊法人などが発行する財投機関債を購入してはならない



 与党案に比べて、郵便事業、郵貯事業は公社で運営、簡保は廃止する方向で、郵貯は郵便事業を行う郵政公社の子会社として、決済業務に特化した形になる模様。特徴として、財投債の購入を禁止したところか。
 与党提出の民営化法案とは違って、改革法案となっている点から、より国が関与する余地を残しているとも言えるかもしれません。
 
 対案を出す事によって、与党側からの『民主党は対案を出してないじゃないか』という批判は、ひとまず回避できますね。ただ、運営形態が民間会社と公社という、かなり性格が違うものなので、心配されている民営化後の郵貯、簡保資金が外資によって、搾り取られるといった点を厳しく追及できるかどうか・・
 さらに、簡保を廃止し、郵貯預かり金を大幅に縮小する方針のようですが、資金運用の幅も狭まり、資金規模も小さくなってしまう状態で、公社社員の雇用が維持できるのか。民主党案では、公社社員に公務員の身分を与えない事になってますが、維持できなければ国が直接運営することになってしまわないかという心配があります。

 このあたりを与党から突っ込まれた時に、どの様に反論をするのか。
ただ、早い段階で対案を出してきた事は、評価したいと思います。今までは、委員会質問の際、民主党の各議員が、それぞれの意見で与党を追及しておりましたが、民主党で了承された法案なら、ある程度一致協力した戦いが出来ますし、戦う姿勢が垣間見れます。(まだ心配ですが)

 その他、社会保障政策や、公務員人件費削減などについても、追求するようですが、与党が郵政一本に絞ってくる中、先の衆院選の反省をいかして、風呂敷を広げすぎないことが重要かと。

 改憲の手続きを定める国民投票法案については、与党と協調してやっていくと宣言されてますが、実際の憲法改正は拙速でやらず、党内の合意を取り付けながらやるって、大丈夫?(笑)自民党は、11月に憲法草案を発表するので、あまり遅れると土俵に上がれな気がするのですが・・どうやって党内左派を説得するのか、こちらも注目ですね。

 このエントリーを書いている途中で、気になるニュースを発見しました。(NIKKEI NETより以下引用)

首相の靖国参拝自粛を・中国共産党局長
 中国共産党中央対外連絡部の李軍アジア二局長は27日、自民党の山崎拓氏、民主党の前原誠司代表と相次いで会談した。李氏は小泉純一郎首相の靖国神社参拝について「衆院選で大勝利したことで(日本遺族会など)一部支持者に応える必要はなくなった。参拝自粛を期待している」と述べた。

 山崎氏は「首相の靖国参拝は政治判断ではなく、政治信条だ。参拝しない選択肢はない」と明言。前原氏は「(首相の)年内参拝で両国関係がぎくしゃくする懸念がある」と語った。 (22:01)



 ああ、やっちゃった・・やっぱり民主党は変わらないのか・・靖国参拝の是非はともかく、中国にとっては靖国参拝は重要な外交カードです。前原氏が参拝に反対であろうが、政権交代を目指す責任ある民主党の代表であれば、ここは言質をとられないように突っぱねるのが筋でしょうが!! ったく・・やっぱり民主党はだめなのかなあ・・
簡単に相手に同調するようでは、中国は前原与し易しと、思ったこと間違いありません。ネット界で叩かれる理由がまだ民主党は分からないのか。
 なんにせよ、今のところ第一党の民主党ですからこれからもウォッチし続けますが、今までの轍だけは踏まないで頂きたい。

大丈夫かー?前原民主党!


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チベット問題 日本マスコミが伝えない中国の真実 3
 前回、前々回と2回にわたって書いてまいりましたチベット問題。
今回のエントリーでは、中国によるチベット侵略からチベット亡国への過程、中国によって引き起こされた様々な問題について紹介すると共に、チベットを鏡として、日本という国が今後どの様な方向に向かっていくべきか考えていきたいと思います。

 1950年、中国共産党率いる人民解放軍は、突然チベットに侵攻。チベットは周辺諸国、国連などに救済を求めますが、国際社会は中国を非難する声明を発しただけで、中国の横暴を止めることは出来なかった。 国際社会は何も出来ないと踏んだ中国は翌年、チベット政府代表団を招いた席で、17か条からなる『協定』(全文)を、署名か即時侵攻かといった恫喝で、署名する権限を持たないチベット側に強要し、ニセの印璽を用意して捺印するという卑劣な手段で結ばせ、チベット国内に勢力を伸ばす橋頭堡を築いたのでした。

 協定を結んだ事にした中国は、電光石火でチベットに進軍し、ラサをはじめ、チベットの主要都市を占領。駐屯する人民軍の莫大な食糧等の補給をチベット側に要求し、経済は破綻、国民は飢餓寸前に。一時インドに避難していたダライ・ラマ法王は、事態の打開を図るため帰国しますが、解放者の皮を被った侵略者、人民解放軍はチベットを中国に併呑する準備を強引に進めていきます。

 次々に要求を高める人民解放軍に国民の怒りは爆発し、チベット撤退を求める運動が起こりますが、中国は首謀者の罷免をダライ・ラマ法王に要求し、容れられない場合は武力解決を図ると迫ります。これ以上、国民が死んだり、苦しんだりする姿を見たくなかった法王は、この要求を呑み、国務相二人を更迭。その後も喉元に突きつけられた武力による圧力に耐え切れず、中国によるチベットの統治は完成に向かっていく事に・・。

 ダライ・ラマ法王に人事の要求をねじ込む事に成功した中国は、1954年、第1回全人代に法王を招待し、毛沢東以下、中国共産党の要人、ソ連の指導者、ネパールの首相ネルーなどが出席する中、法王に自由な発言を許さず、中国共産党が行った『解放』の象徴として利用し、チベットが中国傘下に入った事を、内外に印象付けることに成功します。

 北京で屈辱的な扱いを受けた法王を、さらに難題が待ち受けていました。 ラサに戻る直前に『西蔵自治区準備委員会』設立の提案がなされ、翌年、準備委員会を発足させる為、北京から副総理陳元帥が派遣された際、チベット政府要人はもちろん、ダライ・ラマ法王も出迎えに行く事を強要され、ここに国家元首としての尊厳は、踏みにじられることになりました。

 この『西蔵自治区準備委員会』には、中国側の委員と合わせて、チベット各地の代表も委員になれるという建前でしたが、中国政府の承認を受けなければならず、結局、中国側の息がかかった人物ばかりが委員となり、チベット側に極めて不利な形で発足する事となる。

 こうしてスタートした準備委員会でしたが、チベット側の意見は封殺され、唯一の機能として、中国政府が決定した事柄を承認するのみという、なんの決定権もない、ただのお飾りであったのです。おまけに、委員会主任として、ダライ・ラマ法王がチベット国民への権威付けに利用される事になり、チベット側は自分達の国の政策が、目の前で外国人によって決定されていく事を指をくわえて見守ることしか出来ませんでした。

 チベットは西蔵、青海、四川、甘粛、雲南の州や県に分割され、ダライ・ラマが統治出来るはずだった西蔵自治区も、上記の通り無視されるという、チベット国民を絶望のどん底に追いやった中国に、ついに反撃の狼煙を上げるチベット人達が出てきます。

 1956年、東チベットのカム地方、東北部のアムド地方の人々は一斉に武装蜂起。一時的に中国の軍事警察機構を一掃しますが、激怒した中国政府は反撃を開始し、制圧時にすさまじい弾圧と大虐殺を実行。戦火を逃れたチベット人や、武装蜂起した兵士達は、ダライ・ラマ法王のいる『西蔵』へ逃げ込み、兵士達は、米国CIAの支援を受けながら『西蔵』各地でゲリラ戦を展開しますが、ここでも中国との関係悪化を恐れたチベット政府は、ゲリラ兵達の支援を断り、抵抗は小規模な局地的戦闘で終わる事に。

 ゲリラ兵達の要求を断り、中国との関係悪化を回避しようとしたチベット政府でしたが、1959年に最悪の状況を迎える事になります。人民軍駐屯地に、観劇のため招待されたダライ・ラマ法王に、観劇には丸腰の従者数名で来るようにと通達した事が、法王暗殺の噂となって広まり、法王所在の夏の宮殿周辺にチベット人数万人が集結。中国当局は解散命令の後、チベット人達に砲撃を開始し、国内は大混乱に陥り、ダライ・ラマ法王と、それに従うチベット人、約8万人がインドへ亡命するという結果となりました。

 さて、ここまで一気に中国のチベット侵略と、チベットという国家がどのように無くなっていったのかを書いてまいりました。
この後、インドに亡命したダライ・ラマ法王は、インド国境を越える直前にチベット亡命政府の設立を宣言しますが、チベットを実質支配している中国に対して、有効な手立てを打つことはなかなか難しいようです。現在も続くチベット人への政治、思想、宗教的な弾圧によって、約13万4千人の亡命チベット人が、海外での生活を余儀なくされています。

 私は、ダライ・ラマ法王の、宗教家として非暴力を貫き、慈悲と愛を説く姿勢を大変尊敬します。そして、中国という侵略国家に国を蹂躙され、弾圧、虐殺によって亡くなられたり、傷つけられたりしたチベットの人々に哀悼の念を抱くと共に、中国許すまじという気持ちを強く持ちました。
 
 科学技術が発達し、人や物の移動が容易になり、世界が狭くなった現在、かつて平和な仏教国であったチベットが、自衛の手段を持たなかったことを責めたり、嘆いたりするのは詮無いことだと思います。平穏で急激な変化の必要がなかったチベットにおいて、強大な力をむき出しにして襲ってくる中国を撃退するだけの自衛能力を持て!なんて無理な話です。

 翻って、わが国『日本』はどうでしょうか?
今から10年以上前までは、憲法9条があるから平和が保てているという話が、かなり説得力を持った説として国民の間に浸透していました。のちに、『空想的平和主義』と呼ばれるこの説は、日本の自衛体制を強化する議論が自民党などで始まると、『武器があるから戦争が起こる』や、『自衛隊があるから周辺国は脅威とみる。だから解体しろ!』といった珍説で煙に巻き、改憲も含めて、自衛に関する議論自体を封殺しようとする集団が、国会に大きな勢力を持っていた時代に唱えられたものでした。(今でも『希少動物』扱いで、いることはいますが(笑))

 戦後60年、日本の安全を守ってきたのは、紛れも無く米国の軍事力と自衛隊です。特に米国の核の傘に入っている以上、日本の周辺国は手出しできませんでした。この抑止力によって安全が担保されていることを無視して、『空想的平和主義』がもっと国民の間で浸透し、自衛隊解体、または、米軍の日本撤退が現実となっていたら・・考えるだけで恐ろしいですが、チベットがたどった道を、我々も歩む事になったかもしれません。

 最近、改憲の手続きを定める国民投票法案が次期国会に提出されるようで、改憲に向けた動きが活発化してきました。自衛権は国家の自然権だから、9条第2項は削除しないで解釈論で対応すべきだといった反論も必ず出てきます。しかし、解釈論に関しては、『神学論争』といわれるほど堂々巡りを繰り返し、一向に国の自衛に関する議論は進まなかった事をしっかりと記憶しておくべきだと思います。

 最後に、一連のチベットに関する問題をほとんど扱わない報道機関については、憤りを感じるばかりですが、チベットが中華人民共和国と関わった事によって国を失い、なぜ、国家元首が亡命するといった異常な事態に至ったのかという歴史を特集するだけで、『空想的平和主義』の残滓が残る日本人の目は覚めると思うのですが、どうでしょうか?

 今回のエントリーで、チベット問題を全て書いてしまおうと思っていたのですが、まだまだ書かないといけない事柄が多いので、次のエントリーでも引き続きチベット問題を扱います。では、また明日。



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チベット問題 日本メディアが伝えない中国の真実 2
 一つ下のエントリーからの続きになります。前回は、チベットの近代までの歴史、中国との関わりを簡単にご紹介し、日本のマスコミが中国に配慮して、チベット問題をほとんど扱わない事などを書きました。
本日は近代以降、チベットがたどってきた道、とりわけ中国との関係に焦点を当てて書いていきたいと思います。

 最初に、チベット問題を語る上で最も重要になるチベットの仏教界、政治の頂点に立つ『ダライ・ラマ』法王と、それに次ぐ仏教界の最高権威『パンチェン・ラマ』の関係について、簡単ではありますが紹介します。

 ダライ・ラマ法王日本代表部事務所HPより要約。

 ダライ・ラマとは、モンゴルの称号で『大海』を意味し、歴代の転生者は慈悲の菩薩観音の化身とされている。現在のダライ・ラマは14世となり、自作農家に誕生後、2歳で転生者の認定を受ける。

パンチェン・ラマとは、『偉大な学者』を意味し、歴代の転生者は阿弥陀仏の化身とされている。現在のパンチェン・ラマについては、複雑な事情が絡んでいるため、次のエントリーとさせて頂きます。

 このダライ・ラマとパンチェン・ラマが、チベットにおける文化、宗教、政治の最高権威で、ダライ・ラマがパンチェン・ラマの転生者を認定し、パンチェン・ラマがダライ・ラマの転生者を認定するという、相互認定の制度を、約600年間続けてきたようです。
また、この転生者捜索、認定までにはチベットの伝統に則った方法が取られます。

 さて、ここから本題に入っていきたいと思います。
近代以前、時には外国の勢力に侵略され、支配された事もあるチベットですが、国の核心ともいえる宗教に関する事は何人も侵すことは出来ませんでした。
 しかし、そこに最悪の敵が現れます。そう・・無宗教の共産主義者達、今の『中国共産党率いる中華人民共和国』です。

 1949年、日本軍撤退後の中国では、蒋介石率いる国民党軍と、毛沢東率いる共産軍(後の人民解放軍)が激突し、45年から続いた国共内戦は共産軍に軍配があがり、ここに『中華人民共和国』が成立します。

 国内を統一した共産党は、次のような宣言を放送する。

人民解放軍は、中国全土を解放せねばならない。チベット、新彊、海南島、台湾も例外ではない

 周辺地域への侵略の意図をむき出しにした共産党は、実際に行動に移す事になります。

 この宣言に驚愕したチベットは代表団を派遣し、中国と外交交渉を試みますが、中国側から二つの提案が出されました。その内容とは、チベットは国防を中国の所管にすること、チベットは中国の一部であることを認めることといった、端からチベットの独立など眼中に無く、当然チベット側はこれを拒否。外交交渉は暗礁に乗り上げる事に。
 
 翌年、中国共産党は人民解放軍を派遣し、東チベットの州都チャムドを4万の大軍で侵攻。守るチベット兵はわずか8千、抵抗むなしく敗退し、州知事は捕えられ、4千名の戦死者を出す。

 突然の中国のチベット侵略に隣国インドも驚き、次のような書簡を共産党本部に送っています。

中国政府がチベット侵略を命じた現在、平和的な話し合いなど望むべくもありません。チベットとしては、交渉が強制の場になるのではないかという心配が当然出てくると思われます。現在の世界情勢からみても、人民解放軍によるチベット占領は、愚行としか映らないでありましょう。
また、わが国の外務省が慎重に検討しましたところでも、貴国の利益にならないのではないかと危惧いたします。

 

 このインドの声明にアメリカ、イギリスをはじめとする国々がインドの立場を支持しますが、当の中国はどこ吹く風。この後チベットには、インドが心配した事が現実になって襲い掛かる事になります。事態を重く見たチベット国民議会は、当時16歳とまだ若いダライ・ラマに国家元首の地位を引き継ぐように要請し、危機が迫るダライ・ラマを国外へ脱出させる必要に迫られ、ダライ・ラマはインドへ一時避難することに・・

 事態の打開を図りたいチベット国民議会は、国連に中国による侵略の事実を伝え、国連軍による侵略阻止を求めますが、国連は動かず、中国の侵略を非難する内容の声明文を出しただけで終わります。国連が動かないとなると自分達でなんとかしなければなりません。

 チベット政府は1951年、チベットの意見を述べ、中国の見解を聞く為に代表団を北京に派遣しますが、待っていたのは強制的に協定を結ばせようとする中国代表団でした。
 チベット側代表には協定を結ぶ権限が政府から与えられておらず、これを拒否しますが、この場で協定にサインしなければチベットを即時侵攻するという恫喝を受け、代表団は苦しい立場に追いやられます。
中国側の代表は、侮辱的な言葉を浴びせ、暴力をほのめかし、囚人同様の拘束をチベット側代表に行い、議論さえ許さず、チベット政府に連絡を取ることも許さない。まさにインドが心配した強制的な交渉の場を作ったのでした。

 代表団にこの『協定』に同意させ、印璽を捺印させてしまえば良いと考えた中国側代表は、権限のないチベット代表団が印璽を持参していない事を見越して、あらかじめニセの印璽を用意していました。
この場で署名しなければ、即刻侵攻するという中国側の恫喝に屈する形で、チベット側代表団はこの『協定』に署名してしまい、中国側は用意したニセの印璽を捺印して協定を結んだ事にしてしまいます。
 協定は17か条からなっており、チベットの外交権を中国に譲渡し、中国軍のチベット入りを許可する規定があり、事実上の中国傘下に置かれる内容となっており、独立国チベットに著しく不利な条件でした。

 偽りの協定を結んだ中国側は3日後、共産主義者お得意のプロパガンダ放送を行い、『チベットの平和的開放』のための協定が結ばれたと大々的に宣伝。協定締結の報を聞いたチベット政府は当然驚きます。代表団には全権を与えておらず、署名捺印する権限など与えてなかったのにもかかわらず協定が締結されたなんて、まさに寝耳に水。
即刻、代表団に連絡を取り、事の次第の説明を求めますが、ここからの中国はまさに電光石火で事態を進めていきます。

 チベット政府から叱責と説明を求めるメッセージが届き、北京に残っていた代表団は電報で返信します。その内容は、すでに中国側代表の張将軍がダライ・ラマに会うべく、インド経由で避難先であるドモに向かっているという事と共に、チベット側代表団もラサに戻ることを伝えてきたのでした。
 
 一時避難していたダライ・ラマは、この報を受けてラサに戻る決意をします。1951年8月にラサに戻ったダライ・ラマは、この一方的な内容の協定を、中国と再交渉してマシなものにしようと考えますが・・

 翌月、王司令官率いる人民解放軍2千名がラサに到着、続いて張将軍率いる2万の軍勢もラサ入り。外部の帝国主義者からの開放を謳った人民軍でしたが、外国人は当時たったの6名しかおらず、いったい誰からの開放なのかと問い詰めてみたいですが、これはただのお題目。
 駐屯する人民軍兵士の食糧などの調達をチベット側に要求し、自給自足で慎ましく暮らしてきたチベットには、要求に答える十分な食糧などなく、経済はあっという間に破綻し、国民は飢餓の淵に立たされることに。
 その間にも着々とチベット主要都市の占領を実行し、全土を掌握した人民軍は、さらにダライ・ラマ以下、チベット政府に圧力を強めていきます。
 中国の横暴に怒ったチベットの人々は、不当に占領している人民軍に対して撤退要求を出しますが、中国は2人の国務相を、首謀者であり帝国主義の手先と決めつけ、撤退運動の先頭に立っていたルカンワの解任をダライ・ラマに要求します。

 この要求をダライ・ラマは呑んでしまいます。その理由として

「私は中国に対して立ちあがったルカンワを大いに賞賛する。しかし私は彼をそのまま国務相の地位に留めるか、中国の要求に屈して解任するかの決定を下さねばならなかった」

「中国当局に反対しその怒りを買ったところで……結局はさらなる暴虐と圧制、人民の怒りという悪循環を招くだけであっただろうから」

と、難しい決断を迫られ、これ以上国民が殺されるのはたくさんだと思われたのでしょう。為政者として苦渋の決断であったとおもいます。こうして、ニセの協定も実質拒否する事が出来なくなり、中国のチベット侵略は完成する事に。

 1959年ダライ・ラマはインドへ亡命し、自由に発言できる機会を得て、ニセの協定を正式に拒否しますが、既にチベット内の実権は無く、チベットの人々は受難の時代を生きていく事となります。

 さて、ここまでかなり長いエントリーとなってしまいました。
チベットについての知識があまり無かったこともあって、当初2回のエントリーでまとめようと思っていたのですが、あまりに大きな問題を抱えるチベット問題を端折る訳にはいかず、この辺で区切らせて頂き、次回のエントリーでも引き続きチベット問題を扱っていきたいと思います。

 分かっていたつもりでしたが、中国のやり方というのは、吐き気がするほど姑息で汚いですね。このような国に目をつけられたチベットは不運であったというほかありません。チベットを占領する過程、そして現在まで続く中国によるチベット弾圧の歴史も目を覆いたくなる程、過酷で悲惨です。
中国という、実際に現在進行中の侵略をしている国が隣にあるということを改めて認識すると共に、話の通じない武力頼りの国と相対するには、自衛の手段をきちんと構築しなければならないと強く感じました。
 
 それにしても、このような中国の膨張主義の危険性をマスコミや外務省が、もっと早く日本国民に知らせていたら、改憲の議論は進んでいたと思います。 チベットが侵略された1950年当時、日本はGHQの占領を受け、朝鮮半島では戦争が始まり、この問題が国民的議論にならなかったのは仕方ないとしても、現在まで続いている不当な占領に関して、社会の木鐸を自認するマスコミが報道しないのは益々解せません。
 昨日に引き続きまして マスコミはもっと中国の真実の姿を国民の前に明らかにして見せるべきだ! 
取り乱しました(笑)では、また明日。


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チベット問題 日本マスコミが伝えない中国の真実 1
 今日はあまり日本で話題になることの無い、チベットについて書いていきたいと思います。
朝からネットを巡回していた所、気になるニュースを発見しました。
 国連によるパンチェン・ラマ接見要求、中国、再度拒否(大紀元より以下引用)

【大紀元日本9月23日】国連児童権利委員会は21日、中国当局に対し、北京に軟禁されているチベットのパンチェン・ラマ11世ゲンドゥン・チューキ・ニマ少年(16)との単独接見を要求したが、中国政府はこれを拒否した。中央社が伝えた。

 パンチェン・ラマ11世は、6歳の時、父母の同意なくチベットから北京に連行されて以来、10年にわたり中国共産党政府による軟禁状態にあり、未成年の長期にわたる軟禁に非難が高まっている。

 国連独立専門家委員会委員長のディオーク氏によれば、国連は、長期にわたり、中国当局に対しパンチェン・ラマ11世との接見を要求し続けてきたが、中国政府は頑なにこれを拒否。今回の接見要求に応じ、国際社会に「中国政府が児童の福祉を重視している」ことを示すべきとしている。中国側が独立専門委員会に行った釈明によれば、接見拒否は本人及び家族の意向であるとしているが、世界の人権団体多くのは、「ゲンドゥン・チューキ・ニマ少年は、世界最年少の政治犯」と認識している。

 亡命中のチベット最高指導者のダライ・ラマ14世は、1995年5月、ゲンドゥン少年は1989年に死去したチベット宗教界のNO.2であるパンチェン・ラマ10世の生まれ変わりと宣言した。本来ゲンドゥン少年はチベットに留まるべきだが、チベットでは、その肖像を掲げることも許されず、また、この10年間、中国政府は別の少年をパンチェン・ラマ11世として擁立している。


 普段、あまりチベットについての情報を得ることが無い日本で、このニュースを見ただけではピンと来ない人も多いかと思います。
実は私もその一人でして、いつも巡回するブログで中国の人権問題について紹介しておられる記事の引用元に、この大紀元という新聞社へのリンクが張ってあったので辿ってみた所、この記事の他にも何本かチベット関連の記事がありました。
 いずれもチベットの人権に関する内容で、読んでみると、そういえば中国ってチベットを弾圧して国王やえらいお坊さんなんかが亡命してたよなあ・・と、断片的な記憶が、霧がかかったように思い出される程度だったのですが、中国の日本に対する一連の挑発行動にイライラさせられっぱなしの私は(笑)、チベット問題について調べてみる事にしました。

 ダライ・ラマ法王日本代表部事務所HPによると、チベットの歴史は神話時代を経て、紀元前約200年頃に初代チベット王が現れ、7世紀頃に統一王朝が成立。(吐蕃王朝。但し、中国側からの呼称)8世紀、9世紀と勢力を拡大し、当時大帝国であった中国の唐と肩を並べる強国になる。
9世紀には、現在のチベットのイメージとも言える仏教指導者による国政が実現するも、国内の対立を引き起こし、王朝は分裂。吐蕃王朝は滅亡。
 
 13世紀には、当時ヨーロッパまで勢力を伸ばしたモンゴル帝国の脅威にチベットも例外なくされされ支配下に置かれるが、チンギスハーンの孫であるゴダンハーンがチベットの高僧を自らの幕舎に招き、モンゴルが仏教を受け入れる素地を作る。
 後を受けたフビライハーンは仏教を国教とし、パクパを導師と仰ぎ、いわゆる『寺と檀家の関係』を築き上げ、チベット全土に及ぶ政治的権威をを与えて、宗教的指導者(以下ラマと書きます)がモンゴル皇帝にチベット統治を保証してもらい、ラマがモンゴル帝国の統治が正当であることを皇帝に保証するといった、相互依存の関係を構築する。(なぜ、現在のモンゴルにチベット仏教を信仰する人が多いのか疑問だったのですが、この辺に起源があったのですね。)

 その後モンゴル族の王朝であった元は、漢族の王朝である明に滅ぼされ、それと同時にチベットと中国の関係も希薄になっていく。
また、この時代にモンゴル族のグシハーンがチベット内に王朝を樹立し、熱心なダライラマ信者であった王朝の支配者により、チベット仏教界で宗派を超えた宗教、政治の最高権威としてダライラマの地位は確立される。

 明の内乱に乗じて満州族は北京に清王朝を樹立、モンゴル族と同じ北方遊牧民族である満州族は、チベットと『寺と檀家の関係』を結び、互いの権威を保証する。
 チベットがネパールに侵略されたり、内乱が起きた際、清は軍を派遣してこれを撃退するが、4度目のチベット側の派兵要請に業を煮やした清は、これ以上清の軍隊に出動要請が無いようにと、チベット内政に一定の発言力を確保しようと布告を発し、受け入れられなければ、軍隊と大使を撤退させると恫喝するも、チベットの宗教指導者の選定方法まで言及した内容をチベット側は呑めるはずは無く、布告の内容を換骨奪胎した形を取り、この後チベットと清の関係は悪化する。

 19世紀に入り、西洋列強のアジア侵略によって清の力は衰退し、チベットはネパールや英領インドなどからの侵略を受けるが、清は国内を統治するのに精一杯でチベットを守ることが出来ず、チベットにおける清の地位は低下していく。

 1908年、チベットは清からかつて無い大規模な侵攻を受け、『寺と檀家の関係』は破綻する。英国の影響をチベット内から排除する目的で派兵されたはずの清の軍隊は、自らの主権を確立するためにダライラマを圧迫し、当時のダライラマ13世は隣国インドに亡命を余儀なくされた。

 1910年、清はダライラマの廃位を図ると、ダライラマは『寺と檀家の関係』終結を宣言。以後、清の侵略に抵抗する運動が激しくなり、1912年清朝滅亡を受けて抵抗運動は成功し、占領軍を降伏させ、ラサに戻ったダライラマは停戦と清軍の完全撤退を確認し、1913年チベットは独立を宣言。

 と、ここまで一気にチベットの近代までの歴史をかなり大雑把ではありますが、紹介してまいりました。古代においてはもちろん、元、清といった現在の中国からみれば外来政権、漢民族の明などの時代において完全な中国の一地域になったことは一度も無く、比較的関係の深かったモンゴル族、満州族の王朝なども、『寺と檀家の関係』を通じて互いの権威を保証する関係ではあっても、チベットが独立的な地位を保っていた事を示しています。

 清朝滅亡後、中国国内は群雄割拠する内乱の時代へと突入し、その中で力をもった『中華民国』政府がチベットは中国の一部とした宣言をするが、跋扈する軍閥や、日本軍への対応に追われ、直接統治することはなく、国共内戦を経た1950年、勝利を得た『中華人民共和国』政府は、中華民国政府のチベットは中国の一部という宣言を踏襲し、チベット全土の併合を目指し軍事行動を起こすことになります。

 チベット併合に関する当時の中国の行動は、ブラピが主演した映画『セブンイヤーズ イン チベット』の中で生々しく描かれており、公開当時この映画をみた私は、かなりの衝撃を受けた記憶があります。
しかし、その後チベット問題が日本国内で報道されることはあまりなく、私の記憶の中でチベット問題は薄れていったのです。

 中国の重大な人権侵害があるにも関わらず、日本のマスコミはこの問題を扱う事はタブーとしている印象があります。チベット問題を日本のマスコミがタブー視している理由に、中国政府とマスコミ各社の間に、ある密約があるからといわれています。

 それは、中国(この場合は共産党政権)に都合の悪い報道をしたマスコミは中国国内から追放するという内容。この様な恫喝に日本のマスコミは屈してしまったのです。日頃から言論の自由を盾に、政府要人や問題を起こした企業などに対して、情報の公開をしろ!説明責任がある!と、あること無い事を暴き立てるのに、中国の事になると途端に中国政府の見解をそのまま垂れ流し、中国共産党が隠したい事は徹底して報道しないという異常な事態を引き起こしたのです。

 このエントリーを書くに当たって、Googleのニュース検索をしてみたのですが、日本マスコミの報道規制はここまで徹底されているのかと背筋が寒くなりました。
まず、米国版のニュース検索で“Tibet human rights”と検索したところ、488件のHIT。次に“Tibet problem”は248件とかなりの数の記事があります。
対して、日本版のニュース検索で“チベット 人権”と検索してみましたら、なんとゼロ件。続いて、“チベット問題”で検索すると、中国の新華社通信日本語版の記事が1件見つかるだけでした・・(しかもダライラマ法王を批判する内容・・)
単純に“チベット”と検索してみても、比較的中国に批判的な記事は産経新聞の2件のみ。たくさんの記事がヒットしますが、目立つのは中国の報道機関、大使館が出している記事で、日本のマスコミはチベットに関連する記事自体をあまり書いてない様子。

 ネットが普及し、世界の情報を知るにあたってマスコミだけに頼る必要は無くなったとはいえ、貴重な情報源であることに変わりはありません。私は、たまに海外マスコミなどのサイトも覘きますが、読むのに時間がかかることもあって、日本語で読むことが出来るサイト中心に情報を集めることが多く、チベット問題に触れる機会がほとんどありませんでした。

 今回のエントリーを書いたのがきっかけで、この問題に興味を持てましたが、現在進行中の中国によるチベット侵略の事実を、日本のマスコミはもっと報道すべきです。
今年、中国の反日行動が激化した際、日本のマスコミは大使館や日本料理店などへの攻撃の被害を伝えましたが、一方でデモに参加している中国人の声と言って、中国政府の主張を垂れ流していました。
 普通に考えれば、中国政府との間に異常な密約がある日本のマスコミが、中国国内での暴動ともいえる反日デモを、あれだけ詳しく報道した事も何か裏があるに違いないと勘繰ってしまいます。

 日本のマスコミが、自らの存在理由である言論の自由を盾にした報道を相手によって暴き立てたり、逆に情報を隠蔽して国民の知る権利を侵害するのなら、報道機関の看板を下ろして機関紙という名前に改めるべきだ!

 取り乱しました(笑)そんな日本のマスコミが伝えない、『中華人民共和国』のチベットに対する行動について、次回のエントリーで書きたいと思います。



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なるか朝鮮半島非核化 ② 赤化統一への序章か?
 先日のエントリーで、北朝鮮の非核化について書きました。
今回は6カ国協議閉会後の各国の動き、特に韓国の動きに注目して書いていきたいと思います。

今月19日に一応の合意を得て閉会した6カ国協議。閉会翌日に先手を打つ形で、北朝鮮は核放棄プロセスに入る前に軽水炉供与をすべしとのを要求してきました。
参加各国は、一応北朝鮮の要求に対して不満を表明しましたが、協議の内容をプラス評価する向きが多いようです。(asahi.comから以下引用)

6カ国協議、参加各国が成果をプラス評価
2005年09月21日

 北京で開かれた第4回6カ国協議で共同声明が採択されたことを受け、参加各国や国際社会が続々とプラス評価を示している。

 朝鮮の金桂冠首席代表(外務副大臣)は20日、平壌の順安国際空港に到着後、「関係各国は共同声明の中ですでに約束を交わした。朝鮮は自らの努力を尽くし、すべき事をする。米国も約束を厳守し、実際の行動を取るよう望む」と述べた。

 朝鮮外務省の報道官は同日、平壌で第4回6カ国協議の閉会について声明を発表し、「米国による軽水炉提供が核問題解決のカギだ」と強調。軽水炉の提供後に初めて「核兵器不拡散条約(NPT)」に復帰し、国際原子力機関(IAEA)の査察を受け入れる姿勢を示した。

 韓国の盧武鉉大統領は20日の青瓦台(大統領府)での閣議で、「第4回6カ国協議は朝鮮半島の核問題について共通認識を形成した。中国は大きな貢献を果たした。朝鮮と米国も良い政治的決断を下した」と述べた。また「朝鮮・米国間にはなお信頼欠如と懸念があるが、大枠内で下した決断は称賛に値する」とした。

 ロシア外務省の19日付の報告は「第4回6カ国協議における成果は、協議プロセスに、引き続き順調に進め、朝鮮半島非核化の最終目標を実現する見込みをもたらした」と指摘している。

 米国のブッシュ大統領は19日、ホワイトハウスで演説し、朝鮮が核兵器計画の放棄に同意したことを「積極的な一歩」と称賛するとともに、朝鮮による約束履行の状況を綿密に検証していく考えを強調した。ブッシュ大統領は朝鮮が核兵器の放棄を決定したことを積極的に評価し、その努力について他の参加国に謝意を表した。また「現在の問題は、協議に参加したすべての国々が合意事項を実行できるかどうかだ」と述べた。

 日本の町村信孝外務大臣は19日午後、東京で談話を発表し、朝鮮核問題の解決目標に関する「共同声明」への歓迎を表明。朝鮮が初めて、すべての核兵器と既存の核計画の放棄を約束したことが、朝鮮半島非核化の実現への重要な基礎になると述べた。また、合意事項を迅速かつ適切に履行するために、6カ国が建設的対話を継続する必要性を指摘した。



 あれだけ平和利用も含めた核完全放棄にこだわっていた米国が、一転平和利用なら容認するかのような態度。一つ妥協すれば、次々と要求を高めてくる北朝鮮のこれまでの外交を熟知した上で、核の完全放棄を北朝鮮が呑むまで一歩も引かない方針を今まで取って来た筈。
またクリントン政権の二の舞を演じる事になるのか・・
 
 さらに北朝鮮は国際社会で自らの要求を披露し、日米への批判を声高に展開しているようです。

「自衛の核抑止力必要」・国連総会演説(NIKKEI NETから以下引用)

【ニューヨーク22日共同】北朝鮮の崔守憲外務次官は22日の国連総会一般演説で、米国が北朝鮮に対する「敵視政策」を続け、先制核攻撃の標的にしているため「国家の尊厳と主権を守る手段として自衛のための核抑止力を保持せざるを得ない」と述べた。

 次官は一方で、北朝鮮の最終的な目的は「朝鮮半島の非核化」であり、米朝関係が正常化されれば「ただ1個の核兵器」すら保有する必要がなくなると主張。イラクに侵攻したブッシュ米政権を念頭に単独行動主義や先制攻撃を非難、国連を中心とする多国間主義の重要性を訴えた。

 日本が安全保障理事会常任理事国入りを目指していることについては、日本は近隣諸国などに対する「(第2次大戦時など)過去の犯罪」の清算を拒否しているとして、決して容認すべきではないと強調した。 (11:04)



 予想通り、依然とまったく変わらない日米批判。この国には約束を守る気なんて端からありません。米国の核による先制攻撃の脅威がなくなるまで、自衛の手段として核を保有すると断言してます・・
日本に対しても、第二次大戦などによる被害の清算をしろ!と、いつもの謝罪賠償要求を展開。
 
 北朝鮮への被害補償については、日韓基本条約で、韓国が朝鮮半島唯一の正統な政府として認め、日韓両国の請求権に関しては『完全かつ最終的に解決』されているのであって、38度線以北の地域(つまり北朝鮮)もその対象になっていますので、日本に対して金を要求するのは筋違いも甚だしいわけですが、最近では朝鮮半島唯一の正統政府であった筈の韓国までもが、北朝鮮に対する補償を求め、挙句の果てには日韓基本条約を破棄して、再補償を求める動きが国内で活発になってきているようです。

 今回のエントリータイトルに書きました、朝鮮半島の赤化統一についての可能性は、冗談では済まされないほど現実味を帯びてきています。
韓国は朝鮮戦争以後、新米反共路線を取り、現在まで続く、南北で民族が分断されるという不幸な歴史を背負ってきました。
 
 そんな中、朝鮮半島の平和的統一を目指して、前大統領金大中氏が北朝鮮を電撃訪問。
金正日氏との対面を果たしますが、大統領就任以前の金大中氏は北朝鮮のスパイではないか?と噂されるほどの親北派。
訪問したは良かったものの、大した成果を挙げられずに帰国し、国内でも疑問の声があがります。
さらに追い討ちをかけるように、あの南北対話の実現には5億ドル近い金を土産に持っていった事がバレて世論は紛糾しました。
太陽政策という北朝鮮宥和政策を続行したい金大中氏は、国民の目をそらすため、就任以来、もう反日は言わないと宣言したのにも関わらず、簡単に支持率が上がる反日へと舵をきることになったわけです。

 韓国国民の目には、北朝鮮との宥和なんていうあまり現実的でない話よりも、国民の娯楽(笑)ともいうべき日本叩きの方がアピールします。
反日の味を占めた金氏は、どんどん反日をエスカレートさせ、2002年日韓共催W杯開会式で、天皇陛下に無礼を働き、氏と、韓国国民の自尊心は頂点までのぼりつめます。
その間にも北朝鮮との宥和政策は、北朝鮮主導で韓国内の若い世代を中心に着々と進行していきました。

 こうして現在の反日、反米、親北の素地は出来上がり、人権弁護士出身の盧武鉉大統領の登場となるわけです。
盧氏は就任当初から、前大統領の太陽政策を継続させ、平和的統一を推進すると宣言し、前大統領よりも鮮明に親北朝鮮路線を打ち出します。
 大統領選で主要な支持層となった、若者を中心とした反米親北派につられて、就任初期の会見でうっかり反米を口にしてしまい、アメリカ側から米韓同盟に疑問を抱かせる結果となり、米軍再編成で韓国内の米軍を大幅に減らすきっかけを作ったのでした。

 最近では、反日、反米で共通する北朝鮮や中国と言動を同じくしつつあり、北朝鮮が核を持てば、統一朝鮮が成った暁には核保有国になれる!とか、統一の障害となっている経済格差の問題も、まずは北朝鮮と日本の国交正常化時に莫大な賠償金を支払わせ、統一後に何らかの形で日本に金を出させればなんとかなる!といった甘い観測をする者がいたりと、まったく北朝鮮に対して危機感を持たない人が急増しているようです。
 当然、日本やアメリカから見ると、完全に北朝鮮に篭絡されたかに見える韓国は、最早同盟国ではなく、敵対国であるとアメリカの上院議員に言われることに・・

6カ国協議閉会後、北朝鮮が揺さぶりをかけてきても、協議は大成功だったと自画自賛し、さっそく支援金の計算まで発表する早業。(NIKKEI NETから以下引用)

北朝鮮の核放棄、韓国の支援負担は最大1兆1000億円
 【ソウル=峯岸博】韓国統一省は22日、第4回6カ国協議の共同声明に基づき、北朝鮮の核放棄に応じて5カ国が実施する支援のうち韓国の費用負担について、今後9―13年間で約6兆5000億―11兆ウォン(約6500億―1兆1000億円)になるとの試算を発表した。

 試算によると、韓国が全面負担する対北朝鮮送電施設ができるまでの3年間の重油(年間50万トン)提供が、北朝鮮を除く5カ国の均等負担で韓国分が1500億ウォン。対北朝鮮送電施設は建設費が1兆7000億ウォン、電力料金など送電費が6―10年間で3兆9000億―8兆ウォンかかると見込んでいる。

 建設時期を巡って米朝が対立している軽水炉の建設費用は、発電能力200万キロワットの場合、総額3兆5000億―5兆ウォンとみており、5カ国で均等負担すると韓国分が7000億―1兆ウォンとなる。韓国政府が核放棄に伴う対北朝鮮支援額を公式に明らかにしたのは初めて。 (23:00)



 ずいぶん大きく出ましたねえ(笑)韓国にそこまでの財政力があるとは思えませんが、彼らには隣に大きな財布をもった隣人が住んでいます。
その隣人の名は・・そう『日本』です。
今までの傾向からいって、韓国が日本に応分の負担を求めると言いながら、
応分以上の負担を求めてくるのは確実。暗ーい気持ちになりますね。

 と、このように北朝鮮との見事な連携プレーを見せてくれる韓国。
現在、赤化統一に向けて、国内では保守派と親北派がはげしく対立している模様。(中央日報より以下引用)
【社説】マッカーサーは自由民主主義を守った功労者

仁川(インチョン)自由公園内にあるマッカーサー将軍銅像の撤去を主張してきた一部の在野団体の動きが、これまで以上に組織化されており、憂慮される。 終わりのない座り込みとデモはもちろん、最近は「戦争狂マッカーサーの銅像は歴史の中に埋めてしまうべき」というある教授の寄稿に続き、「マッカーサー将軍は虐殺者」という歌まで広まっている。 11日の集会では「占領と虐殺の象徴であるマッカーサー銅像は近いうちに撤去されるはず」と叫んだという。

彼らの言動を見ると、まさに「いまやわれわれの時代」というような‘眼下無人’である。 国民の意見に耳を傾けず詭弁を並べている。 彼らはマッカーサー将軍を「好戦論者」「帝国主義の象徴」「占領軍の怪獣」と呼んでいる。 しかしこれは事実関係の歪曲はもちろん、南側の正統性を傷つけようとする悪意的な宣伝扇動にすぎない。 「好戦論者」は奇襲南侵した金日成(キム・イルソン)であり、「帝国主義」といえば、このような金日成を支援したソ連が標本ではないだろうか。

マッカーサー将軍はこうした共産帝国主義勢力の挑発を防ぐために戦争を指揮しただけだ。 それなのにどうして奇怪な論理を主張できるのか。 もし銅像撤去運動を通じて韓国社会に起きている反米感情を拡散させ、在韓米軍を撤収させようという意図があるのなら、すぐにやめるべきだ。 韓国国民がこうした扇動に乗ると判断しているのなら、それは大きな誤算であることを知らなければならない。

マッカーサー将軍は韓国戦争(1950~1952)当時、仁川上陸作戦を成功させ、赤化危機にあった韓国を救った人物だ。 そしてその銅像は、今日われわれが享受している大切な自由民主主義を守った象徴的記念物である。 したがってこれを撤去しようという主張は、赤化統一されないことを惜しむのと変わらないという点を銘記しなければならない。

しかし彼らはこの部分でも歪曲をしている。 「マッカーサーが一部の親米主義者の自由だけを守った」という主張がそれだ。 果たしてそうだろうか。 むしろ、銅像撤去を主張する集会を認める自由民主体制をこの地に存続させたマッカーサー将軍を有難く考えなければならない。



 金大中氏以前の韓国では、マッカーサー将軍をここまで悪者扱いすることは無かったと思いますが、反米親北派が、かなりの力を持ってきていることを象徴する事件だと言えますね。
この銅像撤去問題の結果が今後の韓国の行く道を示す事になりそうです。

 最後に、隣人として言わせて頂きたいと思います。
あなた方はなぜ、最悪の状況を好んで作り出すのですか?
あなた方は約100年前、中国、ロシア、日本とあちこち擦り寄った結果、これらの国が半島を巡って戦争した事を忘れましたか?
あなた方は現在、100年前の状況に酷似していることを認識してますか?
そんなあなた方と私は、もうかかずりあいたくねえんだよ!!

 また取り乱してしまいました(笑)とはいうものの、朝鮮半島を巡る問題は根深く、日本はいやでも火の粉を被ってしまう状況に置かれています。この問題を扱う日本政府の皆様、お体に気を付けて頑張ってください。(笑)



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民主党の行方 ⑤ 二大政党の一翼たりえるか
 今月20日、前原新体制の下、民主党が新しいスタートをきった。
第163回臨時国会も始まり、いよいよ与党対民主党の論戦が始まります。
民主党はどのような戦いを私達国民に見せてくれるのでしょうか。

まずは、新体制発足のあいさつ回りで自民党を訪れた際、小泉首相との興味深いやり取りがあったようなので、紹介していきます。
自民、民主両代表の初顔合わせとなった席でのやりとり。(北海道新聞からの引用)

民主・前原代表、首相と“初対決” 「先頭で戦う」はや闘志  2005/09/21 08:29
 民主党の前原誠司代表は二十日の両院議員総会で就任を正式に了承された後、就任あいさつのため各党や支持団体を訪れた。自民党本部では、小泉純一郎首相(自民党総裁)を相手に緊張気味だったが、「民主党を『戦う集団』に変える」と首相に宣言し、早くも闘志をたぎらせた。

 首相は会談の冒頭「ちょうど二十歳も下だよ。頑張ってもらいたいね」と余裕たっぷり。「(自民党との)違いを出さない方がいいんじゃないか」と前原氏を挑発した。

 これに対し、前原氏は「積極的に違いを説明するのが野党の責任。そうでなければ政権は取れない」と、恩師である故高坂正堯京大教授の言葉を引き合いに反論した。

 会談後、前原氏は記者団に対し「闘志がわいた。私が先頭に立って首相と戦いたい」と決意を語った。



この記事では、小泉総理にいやみたっぷりに違いを出さない方がいいよと言われた前原代表が闘志を燃やすといった内容ですが、小泉総理の発言の趣旨は、若干異なるようですのでご覧下さい。(sankei web より一部引用)

小泉首相発言要旨

■民主党について

 前原(誠司)新代表は清新の息吹を政界にもたらした。自民党にも影響を与えるのではないか。前原氏は自民党と協力できる部分がかなりある。政権交代を主張するなら政権をとってもぶれない面を出していく必要がある。

 今の民主党は自民党と協力できる分野がかなりあるのに、批判を恐れて協力しない。(与党との)違いを出すのであれば、かつての社会党になるのが一番違いが出るが、政権交代可能な政党と国民が見るだろうか。二大政党なら野党は与党に近づかないと政権は取れない。自民党と協力しながらどう違いを出すか、政権をとっても不安のない政策を打ち出せるかが前原氏の難しい対応。注意深く見守り、協力できるところは大いに協力したい



 さすがに世論を見方に戦い続けてきた小泉総理は違います。
敵である民主党の新代表に、政権を取る為の重要なアドバイスをしています。
民主党が二大政党の一翼を担うにあたって、従来のなんでも反対の野党体質では、与党がよほどのへまをしない限り、議席を増やす事はあっても、政権交代など夢のまた夢。
国民はもう社会党の再来は求めてないのです。

 国のあり方、すなわち国家国民をどの様に守るのかといった国防にたいする考え方、生まれては健やかに育ち、老いては穏やかに老後を満喫できるような制度の構築といった、国家の根幹となる考え方が真逆であれば、有権者の選択肢を無くす事になります。

 もし民主党がなんでも反対するのなら、もう二度と民主党、所属議員に投票できません。
敵である自民党の総理からのアドバイスに脊髄反射で挑発だ!と突っぱねるのではなく、よく噛み締めて頂きたいものです。

 野田国対委員長が批判するだけでなく、対案を示して堂々と徹底審議していくと仰っていますが、前原代表以前の民主党は、同じような事を言いながらなんでも反対した事を国民は覚えています。
二大政党の一翼たりえるか、踏み絵となる法案が今臨時国会に提出されます。
国民投票法案 特別国会に提出へ (NIKKEI NETから以下引用)

自民、公明両党は21日朝の幹事長・国会対策委員長会談で、憲法改正手続きを定める国民投票法案を特別国会に提出する方針を決めた。民主党に共同提案も視野に協議を呼び掛けたうえで、成立を目指す。当初は来年の通常国会への提出を予定していたが、同法案の制定に前向きな前原誠司氏が民主党代表に就いたことを踏まえ、提出を前倒しする。

 同法案の提出前倒しには、憲法改正をめぐり党内で意見が割れる民主党を揺さぶる狙いもある。与党がすでにまとめた同法案は(1)国会が憲法改正を発議した日から30日以後90日以内に投票を実施(2)国政選挙の有権者が投票権を持つ――などが柱。同法案を審議するため、与党は22日にも衆院に特別委員会を設置する方針だ。

 憲法は改正手続きについて衆参両院の3分の2以上の賛成による発議と、国民投票での過半数の賛成が必要としているが、国民投票の投票方法や期日などを規定した法律はない。 (13:52)



 前原代表はまず、民主党獅子身中の虫である旧社会党、官公労の意向を受けた議員と対決が待っています。
この踏み絵を踏めるか!?前原民主党!



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第3次小泉内閣発足 改革は加速するか 2
 一つ下のエントリーからの続きになります。
前回のエントリーでは、郵政民営化法案について書きましたので、ここからは小泉首相の構造改革路線の今後と、気になる重要法案について書いていきたいとおもいます。

 小泉内閣発足時から、『官から民へ』、『中央から地方へ』といったフレーズで進められてきた小さな政府への転換はどのように進んでいるのでしょうか。

 まず、『官から民へ』のトップバッターであった道路公団の民営化は、まだまだ膿を出している最中で、逮捕者が出たり、民営化懇談会の猪瀬氏から、総裁更迭の要求が出たりと公団内の抵抗勢力(今となっては懐かしい呼び名ですね。笑)が、しぶとく既得権益を守るべく蠢いているようです。
 巨大利権の巣窟であった道路行政にメスをいれ、族議員などから利権を取り上げた功績は大きいと思います。来月民営化スタートになる予定ですが、まだまだ逮捕者が出たり、族議員があっせん収賄等で辞職したりするかもしれません。しかし、せっかく出来た大きな流れですので、是非実現して欲しいと思います。詳しくはこちらをどうぞ。→ (NIKKEI NET 特集 道路公団民営化

 道路公団に続いて、色々な特殊法人もこの『官から民へ』の対象となって、整理合理化を迫られました。こちらも、天下りなどに代表される利権を守ろうとする抵抗勢力が色々と姦計をめぐらせてあがいているようで、独立行政法人などに名前が変わっただけで、中身は何も変わっていない!とマスコミを中心に批判を浴びています。
 
 163あった特殊法人を独立法人化、民営化、統廃合するに当たって、2001年スタート時に焦点となっていたのは、政府系金融機関の改革でした。国による補助金で、民間銀行などよりも低利で融資していた為、民業圧迫をしている政府系金融機関は民営化、あるいは廃止にしろ!と、批判を受けましたが、当時小泉総理は、自民党内の強い反対にあってこれを先送りし、マスコミに反小泉攻撃の絶好のチャンスを与えたのでした。

しかし、そんな政府系金融機関にもついにメスが入るようです。(sankei webより一部引用)

首相は年末の2006年度予算編成が「小泉政権にとって最後の編成」と指摘。8機関が対象となる政府系金融機関の統廃合について「しっかりした方針を打ち出し、だれが後を継ごうと実現していく路線を敷きたい」と言明した。



やる気満々です(笑)今回も自民党内で強い反発があるかと思いきや、こんな情報が。
郵政法案、自民党総務会で了承asahi.comからの引用)

自民党は22日午前、小泉首相の指示で特別国会に再提出されることになった郵政民営化法案について、郵政改革合同部会と総務会で了承した。

 同法案は先の通常国会での成立を目指していたが、参院本会議で否決され、首相が衆院を解散したため廃案になった。今回の再提出にあたり、07年4月の民営化開始時期を半年先送りするよう修正。新設される窓口会社の業務に銀行・生命保険業を例示することなど、先の国会で衆院段階で修正された点も盛り込まれる。

 政府・与党は法案を週明けにも国会に再提出する。10月4日に衆院で審議入りし、数日で参院に送って中旬には成立させる方針だ。



 あれだけ先の国会会期中の総務会で紛糾していたのにも関わらず、あっさり了承。政府系金融機関の統廃合も一気に進み、改革が加速するのは間違いなさそうです。

 ただ、心配なのは道路公団、その他特殊法人で見られる、名前が変わっただけで中身は同じといった事になる危険性もまだまだ無くなったわけではありません。構造改革への道筋はつきましたが、ここからが本番。おそらく小泉総裁の任期内では完成させることは難しいでしょう。
次の総理総裁になる人は責任重大です。はたして、今の閣僚の中に小泉氏の構造改革路線を継げる豪腕がいるのか・・ちょっと頼りないですね(笑)

 続いて、『中央から地方へ』三位一体の改革はどうでしょうか?
国と地方の関係を見直し、地方の自立を高めるという、この三位一体の改革。国の財政が借金でパンク寸前になっている今、地方が自立して地方交付税等に頼らないで運営出来れば、国の財政建て直しも最初の一歩を踏み出せるのですが、各自治体にかなり財政力の開きがあるため(東京を1とすると、高知、島根県は0.2)うまく進まないのが現状のようです。
 現在は争点である税源の移譲、自立の難しい自治体をどうするのかといった最低保障ラインの設定等、全国の知事、政府間で議論百出しているようですし、かなりの時間がかかると思いますので、これくらいにしてまたいずれ書いてみたいと思います。→もっと知りたい方はこちらへどうぞ。

 さて、気になる重要法案。、その一つである人権擁護法案は今臨時国会では提出されない見通しだそうです。

サルでも分かる?人権擁護法案ブログさんより以下引用

緊急速報
人権擁護法案の今後
9/21更新

人権擁護法案の今後の取扱に関しての問い合わせが
非常に多くなっておりますので、今後の予定を告知します。

1.今特別国会には提出はしません。
2.自民党の人権問題等調査会の役員決定。
3.与党の人権問題に関する懇話会のメンバー入れ替え。
4.年内に自民党内の手続きを終え、来年1月から始まる通常国会へ提出。

なお、法案の修正は現時点では未定です。



 ひとまず安心といったところです。人権問題等調査会から古賀誠氏を放逐出来れば、そのまま提出することなく行けるような気がしますが、反対派で党内をまとめ、与党で法案だけ出して大量の反対票で否決すれば、次に法案が提出しようとする動きがあっても、それを論拠にスルー出来ますので、一度やってみては如何?

 関連で外国人参政権付与に関する法案は公明党が殺されてもやる!(笑)くらいの意気込みで提出してきますので、引き続きウォッチが必要です。
何度でもいいます。国民の主権である参政権を外国人に付与するなんて狂気の沙汰です。地方参政権だからとかそんなことは関係ありません。地方だろうが、国政だろうが参政権は国民の主権
 特にわが国には、永住者でありながら反日を叫んで恥じない人たちがたくさん住んでおられます。そのような方々に私達の大事な主権を渡すわけにはいかないのです。
元気に参政権!がんこに死守!なのであります。

 取り乱しました(笑)。今回の法務副大臣の人事で、人権擁護法案、外国人参政権積極推進の公明党から富田茂之氏が任命されました。なんだかきな臭いですね。プンプンにおいます。他の法案に紛れて成立してしまわないように注意深く見守ってまいりたいと思います。



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第3次小泉内閣発足 改革は加速するか 1
 昨日、衆参両院の首相指名選挙で小泉純一郎氏が指名されました。
衆議院では造反議員12名を含む、340票という現行憲法下で歴代3位となる大量得票。
では、第3次小泉内閣の閣僚人事を見てみましょう。(sankei webから以下引用)

【第3次小泉内閣】

 総  理 小泉純一郎 63 【無】

 総  務 麻生 太郎 65 【河】

 法  務 南野知恵子 69参【森】

 外  務 町村 信孝 60 【森】

 財  務 谷垣 禎一 60 【小】

 文部科学 中山 成彬 62 【森】

 厚生労働 尾辻 秀久 64参【橋】

 農林水産 岩永 峯一 64 【堀】

 経済産業 中川 昭一 52 【亀】

 国土交通 北側 一雄 52 【公】

 環  境 小池百合子 53 【森】

 官  房 細田 博之 61 【森】

 国家公安 村田 吉隆 61 【堀】

 防  衛 大野 功統 69 【山】

 金  融 伊藤 達也 44 【橋】

郵政民営化 竹中 平蔵 54参【無】

 行政改革 村上誠一郎 53 【高】

 科学技術 棚橋 泰文 42 【橋】

                   ◇

 ≪名簿の見方≫数字は年齢。【無】は無派閥。【河】は河野グループ。【森】は森派。【小】は小里派。【橋】は旧橋本派。【堀】は旧堀内派。【亀】は旧亀井派。【公】は公明党。【山】は山崎派。【高】は高村派。「参」は参院議員。



 全員再任。次の首相候補を入閣させて競わせると聞いていたので、色々と人事を想像していただけにちょっぴりガッカリです・・
この中から選ばれるとすれば、中ニ階の麻生氏、谷垣氏が有力、小池氏、町村氏、中川氏が対抗、若さで伊藤氏、棚橋氏というところか。

 閣僚の顔ぶれが同じという事は、既定路線を突っ走るということですから、自民党総裁任期終了までの一年間、小泉内閣の総仕上げとして、
改革を加速させる事になるかと思われます。

 では、小泉内閣の目玉である郵政民営化他、構造改革、その他重要法案はどの様になるのか、考えていきましょう。

 まずは、郵政民営化法案。先の参議院で否決され、一旦は廃案になったわけですが、今回の衆院選での結果を受け、参議院で造反した自民党議員のほとんどは賛成に回る意向。衆議院の造反議員も、国民、日本両党の議員を除いては賛成に回る可能性が大きいようです。
ということで、おそらく今回参議院では否決されず、そのまま可決になるでしょうね。

 法案の中身については色々と問題があるようですが、官製経済の中をぐるぐると回っていたお金が民間に流れるようになりますので、方向性としては良いと思います。
 ただ、いきなり民間にお金を流したところで、供給を受け止めるだけの需要が民間になければ、心配の種になっている、いわゆる外資のハゲタカに民営化後の郵貯を乗っ取られ、郵貯マネーが好き勝手に運用されてしまうといった危険もありますので、外資の出資比率の制限や、完全民営化の期限を少し先伸ばして、国内の需要が高め、円滑に資金が国内資本の企業優先で回る仕組みを作る必要があります。

 この辺に関しては、資本主義の精神に反するなんていう批判もあるでしょうが、郵貯マネーは巨大です。うまく御していかないと大変なことになりかねません。しっかりとした枠組みをつくってほしいものですね。

また、郵便事業についてですが、過疎、遠隔地に関しては潰すわけにはいかないでしょうから、心配は要らないとおもいます。
逆に、東京都内やその他大都市には売るほど郵便局がありますので、統廃合を進めて組織のスリム化を図って欲しいですね。

 午前中はここまでにしたいと思います。次のエントリーで構造改革、その他重要法案について書いていきたいと思います。



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6カ国協議閉会 なるか朝鮮半島非核化
 今月19日、6カ国協議が初の共同声明採択で閉会した。
これまで平行線をたどってきた交渉も、米朝の歩み寄りによる一定の形を作る事が出来た模様。
以下、共同声明骨子 (asahi.comからの引用)

〈共同声明骨子〉

 ●6者協議の目標は、朝鮮半島の検証可能な非核化

 ●北朝鮮はすべての核兵器および既存の核計画を放棄する。核不拡散条約(NPT)、国際原子力機関(IAEA)の保障措置に早期に復帰することを約束

 ●北朝鮮は原子力の平和利用の権利を持つ旨を発言。他国はその発言を尊重する旨を述べ、適当な時期に軽水炉提供問題について議論することで合意

 ●米国は朝鮮半島で核兵器を持たず、北朝鮮を核兵器や通常兵器で攻撃、侵略する意図はないことを確認

 ●米朝は、相互の主権を尊重し、平和に共存し、関係正常化のための措置をとる

 ●日朝は、平壌宣言に従って過去を清算し懸案事項を解決し、国交正常化のための措置をとる


と、こんな感じになってます。米国が主張していた、核の完全廃棄は盛り込まれず、平和的利用の権利を尊重するといったかなり譲歩した内容。一方の北朝鮮も核計画の放棄、NPT、IAEAの枠組みに復帰する事を約束。

 しかし、合意に至ったのは、適切な時期に軽水炉提供問題を議論するということのみ。米国が問題視していたウラン濃縮問題、ミサイル問題、そして日本側の重要懸案である拉致問題などについては直接言及する箇所がなく、すべて棚上げになった感が強い。

 6カ国協議が始まって早2年。この間譲歩する気配を見せなかった米国が、なぜこんな内容で歩み寄ったのか。

 イラク駐留が長引き、イラク国内でのテロは激しくなる一方。外交問題で手詰まり、ハリケーン被害への対応で窮地に立たされたブッシュ大統領が支持率回復を狙って日和った結果といえます。
ただし、米国主要メディアはそれを見抜いてか、トップニュースでは扱わず、その他ニュースで流した程度だったようです。

 そういえば、こんな事が前にもありましたね。そうそう、クリントンさんでしたか。軽水炉提供したら核放棄するよね?と北朝鮮を甘く見ていたクリントンさんはその後、北朝鮮が核開発を続行していたことを知ることになります。

 ツケをまわされた形になったブッシュ大統領は、北朝鮮を悪の枢軸と名付け、金正日を最悪の独裁者と糾弾し、あくまで平和解決が最善だと言いながら、着々と北朝鮮を攻撃する態勢を整えて強力な圧力をかけていきました。

 米国の強力な圧力に耐え切れず、譲歩するかと思われた北朝鮮。
しかし、北の将軍様は屁とも思いません。人民が餓死しようが、脱北者が増えようがそこは独裁者の強み。結局、今回も粘り勝ちで、米国の譲歩を引き出すことに成功したのでした。

 北朝鮮も譲歩したではないか!という人がいるかもしれません。
しかし、今の状況は、1994年のKEDO枠組み合意以前の状態に戻ったに過ぎません。
逆に北朝鮮は、時間の巻き戻しに成功したのです。

 さっそく北朝鮮はこんな事を言い出してます。
北朝鮮「NPT復帰は軽水炉提供後」 次回協議へ牽制か (asahi.comからの引用)

北朝鮮外務省は20日、前日に閉会した第4回6者協議を論評する初の報道官談話を発表した。軽水炉が提供された後に核不拡散条約(NPT)に復帰すると主張。米国と日本などは、北朝鮮が核を放棄した後に軽水炉の議論が始まるとの認識なので、「核放棄が先か、見返りとなる軽水炉提供が先か」という問題が早くも表面化した形だ。

 談話は「我々は共同声明で宣言された通り、米国が我々に軽水炉を提供し次第、NPTに復帰し、国際原子力機関(IAEA)と核査察協定を締結して履行するだろう」として、軽水炉提供をNPT復帰の条件とする立場を明らかにした。朝鮮中央通信が伝えた。

 19日の共同声明では最初の項目で、北朝鮮が核兵器と核計画の放棄、NPTへの復帰を前提なしに約束したことが明記された。北朝鮮が強く主張していた軽水炉問題は「適当な時期に議論する」とされていた。

 この点について日本、米国、韓国は同日の6者協議全体会合で、北朝鮮の完全な核放棄が軽水炉提供の議論をする前提となる、との立場を口頭で表明している。

 北朝鮮の談話は従来の姿勢を再び強調し「核の平和利用の権利」を改めて主張したものだ。11月に予定される次回協議へ向けて、今後も関係国への牽制(けんせい)を強めるとみられる。

 談話は「軽水炉の提供なしでは、我々がすでに保有している核抑止力を放棄することを夢にも考えてはならない」「米国が核兵器の放棄を優先し、軽水炉の提供を後回しにすることに固執すれば、朝米間の核問題は何も変化がなく、結果を複雑にする」として、軽水炉問題の進展が合意事項全体の実現性にかかっているとの考えを示した。


 はい、来ました。先に軽水炉よこせ!核放棄はそれから考える!とにかくよこすのが先だ!いつものヤクザな北朝鮮の面目躍如でございます。
北朝鮮ウォッチャーの私としては、もうこの程度で驚かなくなってきているのですが、いつもながら暗澹たる気持ちにさせてくれます・・

拉致問題に関しても、17日に北朝鮮は平壌放送を通じて日本批判。(asahi.com

北朝鮮の平壌放送は02年9月の日朝平壌宣言から3周年を迎えた17日、「宣言履行と関係改善に遮断棒を下ろした張本人」として日本を批判する論説を伝え、「本質上すべて解決した拉致問題を持ち出し、反共和国(北朝鮮)、敵視策動に狂奔している」などと非難した。ラヂオプレス(RP)が伝えた。

 論説は北朝鮮の核問題をめぐる6者協議にも触れ、「(日本は協議の中で)拉致問題をうんぬんし、国際的な冷笑と非難を受けた」と指摘。また「日本は宣言に明記されているように、罪の多い過去を清算することが履行の基本ということを肝に銘じ、分別を持って行動しなければならない」と主張した。


 と、こちらもいつもながらの日本が悪い!そうに決まってる!という論調。
6カ国協議で一応の合意がなされた今、日本の経済制裁カードも、
しばらくは切りにくい状態になりました。
そんな中、日朝2国間協議が再開されるという情報が・・(sankei webからの引用)

日朝対話再開で合意 外相「正常化交渉へ一歩
 
 町村信孝外相は20日夕、外務省で記者会見し、日本と北朝鮮が政府間対話を再開することで合意したと発表した。拉致問題をはじめ、核、ミサイル問題など日朝間の諸懸案全般を協議対象とし、日程、場所、交渉担当者などは今後調整する。

 町村氏は「国交正常化交渉という位置付けではないが、それへの道を開くためのステップだ」と強調した。

 両国の本格的な政府間協議は、昨年11月に平壌で行われた拉致問題をめぐる審議官級の実務者協議後、北朝鮮が提出した拉致被害者の横田めぐみさんのものとする「遺骨」のDNA鑑定結果をめぐる対立で途絶えている。(共同)

(09/20 19:24)


 6カ国協議の中で、拉致問題を主要な案件に出来なかった日本政府。経済制裁カードも使い難くなった今、どのようにして拉致被害者を救出するのか?国交正常化ありきの交渉だけは、なんとしても阻止してもらいたい。一日も早く拉致被害者を取り戻さないと、被害者家族の高齢化も進み、再会が果たせなくなるおそれがあります。
 核の問題はたしかに重要でしょう。しかし、国交正常化は諸問題が解決した結果、最終的にすればいいのであって、急ぐべきではありません。
日本政府には冷静で、タフな交渉を望みたいと思います。



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民主党の行方 ④ 新執行部決定 3
 先ほど、民主党新執行部、次の内閣の人事がほぼ出揃いました。
メンバーは以下の通り。

民主党常任委員会

羽田 孜 最高顧問
前原 誠司 代表 

副代表
広中 和歌子
山岡 賢次(小沢派 )
高木 義明(旧民社)
赤松 広隆(旧社会党) ←注目

鳩山 由紀夫 幹事長
松本 剛明 政策調査会長          
野田 佳彦 国会対策委員長
川端 達夫 常任幹事会議長(旧民社)
安住 淳 選挙対策委員長  ←注目
玄葉 光一郎 幹事長代理  ←注目
平野 博文 総務局長(旧民社)            
細野 豪志 役員室長
大畠 章宏 組織委員長
小平 忠正 代議士会長(旧民社)           
江田 五月 参議院議員会長
輿石 東 参議院幹事長(旧社会党)

民主党「次の内閣」

首相 前原誠司
国務 鳩山由紀夫
総務 渡辺周
郵政改革 原口一博  ←注目
法務 千葉景子(旧社会党) ←注目
外務 浅尾慶一郎
財務 峰崎直樹(旧社会党) ←注目
文部科学 鈴木寛
厚生労働 仙谷由人(旧社会党) ←注目
農林水産 山田正彦(小沢派)
経済産業 若林秀樹
国土交通 長妻昭 (管派)
環境 長浜博行
官房長官 松本剛明
内閣府 大島敦(鳩山派)
防衛 長島昭久
金融 櫻井充
子ども・男女共同参画・人権・消費者 小宮山洋子

 といった感じで、全体的にかなり若い人事となりました。
注目は、テレビタックルでおなじみの安住淳氏が選対委員長、原口一博氏がネクスト郵政担当大臣に選出されました。

 今回の衆院選で壊滅的な打撃を受けた民主党の各選挙区では、次の選挙をにらんで体制の立て直しが急務。かなりの重責ですが、成功すれば安住氏の株はかなり上がるので、頑張って欲しいものです。

 先の衆院選で、民主党は当初民営化反対、途中で郵貯、簡保の廃止なんていう後だしジャンケンをして国民の不興を買いましたね。ここから与党に対して存在感を出していくのは難しいでしょうが、原口氏には与党案の穴を徹底的に追及してより良い民営化案にして頂きたいですね。

 さて、前原氏持論の官公労の影響からの脱出に関してはどうでしょうか?
官公労をはじめ、労組と付き合いの深い党派といえば、旧社会党出身者ということになりましょうか。この旧社会党出身者が執行部に入ってなければ前原氏の持論も説得力を持ちます。見てみますと・・
いるいる(笑)おーい、前原さーん。こんなんでいいの?
仙石前政調会長を筆頭に4名の新体制入り。ただの人材難で仕方なく入れたのでしょうか?(覚せい剤所持で逮捕された議員もいるようですし)

 仙石氏は前執行部の政調会長。本来なら敗戦の責任を負って、役員人事から外れるのが筋ですが、しぶとく居残り。(新幹事長代理の玄葉氏も前選対委員長なので同じく外すべき)

 ネクスト財務大臣には、旧社会党出身の峰崎氏。
ネクスト財務大臣といえば、民主党の重要政策である公務員人件費2割削減を担当する役職。旧社会党出身の峰崎氏に果たして務まるのか?

 さらにネクスト法務大臣には、同じく旧社会党出身の千葉景子氏。
憲法9条改正反対、人権擁護法案、外国人参政権などを積極的に推進する護憲市民(笑)派。
ネクスト法務大臣にこのような方を選ぶとは・・ああ、頭痛が・・

 全体的には若手を布陣し、党三役から旧社会党を排除したのは評価しますが、財務、法務とかなり重要なポストにきっちり食い込んでいるところを見ると、看板倒れという印象を持ちます。

 ただ、衆議院副議長に旧社会党出身者のドン、横路氏を推して、上がりにしてしまおうというのは、大変よろしいかと。

 横路氏がこのポストを受けて上がってしまえば、影響力は落ちるでしょうから、党内左派を一掃するチャンスは残っているようです。
新体制の下、与党に挑む前原民主党。どこまでやれるか、今後もウォッチしていきたいと思います。



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民主党の行方 ④ 新執行部決定 2
 昨日に続き、民主党新執行部の面々を紹介していきたいと思います。
一つ下のエントリーからご覧下さい。

 20日に新体制すべての人事が発表されるようですが、主要ポストと、気になる人物についてのみ紹介してまいります。

 では、新政調会長 松本剛明氏(46) ホームページ

 東大法学部卒 日本興業銀行勤務を経て、松本十郎氏秘書官。
1996年の総選挙で落選するも、2000年当選。
党政調副会長、ネクスト防衛庁長官を歴任。

 今回の衆院選で小選挙区では敗退するも、比例区で復活。
前原代表と安全保障政策で共闘する憲法9条改正派。
過去2年間の国会での委員会質問は、ほとんどが安全保障関連。
中国の領海侵犯事件の際には敏感に反応し、自身の見解のなかで、
防衛に関する考えを発表されています。

松本たけあきの思・考・感 より一部引用

中国が軍事力増強に邁進する間、日本は専ら経済重視できたが、そろそろ国を守ることについて、ともに考える時だと思う。
 まさに今、日本の防衛の見直しが行われている。テロなど脅威の新たな態様が加わり、米軍再編が進められ、安全保障をめぐる環境が大きく変わりつつあることを背景に、これからは「多機能弾力的防衛力」(これまでは「基盤的防衛力」)を整備するとされている。その用語にはそれぞれ解説がつくのだが、求められるのは概念や言葉ではなく、自衛隊が日本の国すなわち国民・領土・領海を守ること、実効支配を実現することである


 と、中国の膨張主義に対抗できる体制を作るべきとの主張。
実際、現行の制度では領海侵犯してくる中国海軍の潜水艦や、艦船を領海侵犯確認後、即撃沈なんていうことはできません。いつも後手後手に回って、悠々と逃げ去っていく潜水艦を、指をくわえて見送ることしか出来ないのが現状。領土、領海、領空をしっかり守れる体制を早く作ってほしいですから、これからの前原、松本コンビには大いに頑張って欲しいものです。

 歴史認識や主権の移譲等に関する氏の考え方は、情報が少ないため不明ですが、おそらく前原氏と大差ないかと。


 続いて、新国対委員長 野田佳彦氏(48) ホームページ

 早稲田大学政経学部卒、松下政経塾第一期生。
千葉県議会議員を経て、平成5年日本新党から立候補し当選。平成8年の総選挙で落選するも、平成12年国政に復帰。松下政経塾出身の国会議員で構成する未来政治研究会会長に就任。ネクスト行革大臣、国対委員長を歴任。

 野田氏にとっては二度目となる国対委員長、民主党若手右派と左派の対立が懸念される中、双方の考え方を幅広くピックアップした氏の政策ビジョンや、ニッポン丸洗い構想を提唱している野田氏に、調整能力を期待しての人事か。

 では、最初に『ニッポン丸洗い構想』を紹介していきます。以下一部引用。

第一策 新憲法の制定を提唱する
日本国憲法の3つの基本精神、すなわち「国民主権」「基本的人権の尊重」「平和主義」はこれからも大切にしていかなければならない。しかし、現行憲法に不具合があるならば柔軟に改正して、よりよい国家をめざしていくべきである。

1、日本のトップマネージャーである首相を、永田町という小さく特殊な世界の中で決めてしますのではなく、国民が直接選べる「首相公選」を実現する。

2、一切の侵略戦争を放棄した上で、自衛隊の存在を憲法に明確に位置づけ、有事への対応やシビリアンコントロールに万全を期す

3、「環境権」「プライバシーの権利」「知る権利」など、新生日本のデザインに不可欠な新しい概念をしっかりと憲法に明記する。

4、道州制を導入し、中央集権の拠点・霞ヶ関を解体し、分権連邦型社会に再編する



 時代に合わない憲法は柔軟に改正、具体的に9条には言及してませんが、自衛隊の存在を憲法に明記するとなっているので、この部分では前原氏等とスタンスは同じです。

 一方、首相公選制への移行や霞ヶ関解体など、かなり先を行った提案も。

続いて、野田氏の 『政策ビジョン』 から一部引用

外交・安全保障政策野田ビジョン

4、アジアの冷戦に終止符をうつ

アジア太平洋地域の集団的安全保障体制の確立をめざす
中国と国際社会との相互依存関係を作って孤立主義を抑制する
ロシアとの経済・協力関係強化と領土問題の解決
多国間協議を包括的に行い対話による南北関係を前進に努力
・・北東アジア開発投資銀行の設置(日本の円を決済マネーとする)
・・北東アジア先制不攻撃協定の提唱(北鮮、中国、韓国、日本)

と、東アジア共同体構想とも取れ、党内左派が喜びそうな内容となってます。現実問題として、日本と周辺諸国では経済規模が違いすぎますし、歴史問題等を持ち出して難癖をつけられて日本だけが損をする結果になる可能性大ですので、党内右派は賛成できないでしょうね。(大東亜共栄圏にあれだけ嫌悪感をむき出しにする左派の人々は、なぜ東アジア共同体構想という理念に大差ない構想に賛成するのでしょうか??謎だ。)

さらに、一章をさいて、ジェンダーフリー政策も提唱されてます。

1、あらゆる政策に男女共同参画(ジェンダーフリー)の視点をいれるため、行政のシステムを強化します。

男女共同参画は、個別の省庁でバラバラに取り組んで効果があがるものではありません。各省庁の政策にいれていくため、官房長官が兼務している男女共同参画担当大臣を補佐する者を置き、内閣府の男女共同参画局の自前の人員を大幅に増員します。(女性庁を置くことの可否も検討します)

3、どのようなライフスタイルを選んでも中立な税制にします。

複雑な控除は簡素化し、必要な人には社会保障の給付をするようにします。配偶者控除・配偶者特別控除を廃止して、増収分で、子ども手当(児童手当)の充実、多様な保育の充実などにあてます。経過措置として、基礎控除の引き上げを検討します。

4、選択的夫婦別姓を実現します。

改姓による職業上の不利益をなくす、生まれたときからの姓を使い続けたい、長男長女の結婚で改姓できないなど、それぞれの理由により、別姓を選択したい人が自らの姓を使い続けられるよう、別姓を選択できる制度を実現します。



 と、かなり力の入った内容となってます。ジェンダー論争に関してはあまり知らないので、なんともコメントしづらいですが、男女の差を制度で平等にしてしまえ!的な悪平等がまかり通ってるなと思う程度ですが、夫婦別姓とセットで語られると、共産主義思想を彷彿とさせますね。こういった主張が野田氏の懐の深さ(笑)をあらわしているのでしょうか?(笑)。

 松本氏と同じく、靖国や外国人参政権に関する情報が少ないので、なんとも判断できないですが、野田氏の政策などを見ていると、人権左派といった印象を受けますので、前原氏と大差ない、もしくは、より左よりといった感じでしょうか。

 さて、ここまで党三役の紹介をしてまいりました。
そろそろ全ての人事が出揃うかと思いますので、次のエントリーでさらに研究していきたいと思います。


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民主党の行方 ④ 新執行部決定 1
 昨日、民主党新執行部人事が発表されました。
幹事長の鳩山氏を除くと、かなり若返った執行部といえるでしょう。

幹事長    鳩山由紀夫氏(58)

政調会長   松本剛明氏 (46)

国対委員長  野田佳彦氏 (48)
 
幹事長代理  玄葉光一郎氏 (41)

という感じで、40代から代表を含めて3名が執行部入り。
それでは、この執行部の特徴をいくつか挙げてみたいと思います。

1、野田氏、玄葉氏は前原氏と同じ松下政経塾出身。

2、松本氏と前原氏は憲法改正を含む安全保障政策で共闘する同志。
  鳩山氏も以前から改憲論者。
  野田氏は積極的な改憲論者ではないようですが、護憲派ではない。改憲推進の色が出ている。

3、党三役から旧社会党出身者がいなくなり、左派が一掃された。
  (すべての執行部人事が決まったわけではないので、まだ安心できませんが・・)

  特に、執行部からサヨク臭を消したことは評価できると思います。
党三役以外の執行部人事についても、要所は若手右派で固めてくれると言う事なしです。

では、党三役の紹介をしていきたいと思います。まずはこの方。

鳩山由紀夫氏 (元民主党代表、ニックネーム はとぽっぽ) ホームページ

 いわずと知れた、政界の名門鳩山家。
曽祖父は衆議院議長、祖父は首相、父は外相、弟も国会議員。

 東大工学部卒、スタンフォード大博士課程修了、専修大学助教授となり、学者の道を進む。

 昭和61年自民党から立候補し、国会議員となる。
平成5年、自民党を離党、新党さきがけ結党に参加。細川内閣で官房副長官に就任。平成8年、弟邦夫氏らと旧民主党を立ち上げ、管氏と共に代表に就任。
平成10年、民主党、民政党、新党友愛、民主改革連合の4党により(新)民主党が結党され、幹事長代理に就任。平成11年民主党代表の座に。

 鳩山氏が民主党代表に就任するきっかけとなったのが、前代表管直人氏の不倫騒動。当時女性を中心にアイドル的な人気があった管氏はスキャンダルで人気急落、その後を受けての代表就任でした。

 当時から改憲を訴えており(まだまだ珍しい存在でした)、一族の華麗な経歴も手伝って、顔は爬虫類みたいだけどなんかすごそうという感じで期待しておりました。

 しかし、何度もあった倒閣のチャンス(加藤の乱、えひめ丸等)を活かせず、期待は急速にしぼんでいきます。

 その後、変人小泉首相の出現で、あっという間に存在感の薄くなった鳩山氏は自らを称して宇宙人と名付け、当時の私はなんだこりゃ??と首をひねったものでした。

 政権交代を謳い、圧倒的支持率を誇った小泉首相になんとか対抗しようと画策し、当時問題となった新しい歴史教科書をわざわざ韓国に出向いて批判、外圧を利用するという反則技を繰り出すものの、党内保守派から一斉に反発を受け、イメージはさらに急落。左派がたくさんいる民主党の中の保守よせパンダなんていうありがたくないニックネームを付けられた事もありましたね。

 その後、小泉首相に対抗する術を持てず、2002年の統一補選で惨敗。自由党との合併問題で党内の混乱を抑えきれず、責任を取る形で代表辞任。

 党代表を辞任してからは、あまり表に出てこなくなって、どうしてるのかなと思ってると、外国人参政権推進議員の一員として韓国に出向いてアピールしたりして、懲りない人だなあと思ったりしたものです。

 考えてみると、前原氏と鳩山氏は安全保障や憲法改正でほとんど同じスタンス。一方で靖国参拝反対や、外国人参政権付与賛成といった問題では反日国家の言い分をそのまま受け入れているイメージを受けます。

 憲法改正や自衛軍の保持など、安全保障上の法整備、自衛軍としての戦力の向上と、靖国参拝問題で問われる国家として、戦死者にどう向き合うかといった事はリンクしています。

 制度や装備だけ変えて、戦死者に関しては知らない、国民固有の権利である参政権を他国民に移譲する、国内の政争の為なら反日国家による外圧も利用するなんて事が脳内で共存できるなんて、おかしいと思いませんか?

 党内にいる左派を慰撫する為にそんな主張をしているのなら、とっとと追い出してすっきりしてください。

 すみません、興奮してしまいました(笑)野田氏、松本氏、に関しては次のエントリーとさせて頂きます。


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民主党の行方 ③ 新代表前原氏研究 2
前回のエントリーの続きになります。1つ下のエントリーからお読みください。

さて、なぜ前原氏の安全保障の考え方と、歴史認識に乖離があるのか、考えてみたいと思います。まずは、安全保障に関する氏の主張をいくつか紹介してみます。

憲法9条について

9条第2項に関しては削除し、自衛権を明記すべき。
(18日テレ朝サンデープロジェクトでの発言)

日米同盟について

同盟関係を破棄するのは現実的でなく、今後も維持していく事が必要。
合わせて自衛力の強化に努め、依存の体質から脱して間合いを取る。
(衆議院本会議議事録2005年3月15日からの要約

日本の防衛について
 
中央公論4月10日特集 日本の領土・日本の防衛からの引用

前原 かつて防衛大綱は不磨の大典のように見られていました。私は自社さ政権の時に新党さきがけの一員として95年の「大綱」見直し作業に関わったのですが、冷戦が崩壊して、脅威の対象や戦略環境が変っているにもかかわらず、「大綱」がそのままなのは絶対におかしいという議論がそのころになってようやく出てきたました。アメリカは4年に1度国防計画の見直し(QDR)を行っていますが、日本もそのぐらい頻繁に見直しをすべきだと思います。一度決めたら何十年もそのままでいくのではなくて、臨機応変に見直す位置づけにしないといけない。
渡邉先生がおっしゃったように、テロの脅威については国内ではオウムの事件がありましたが、9・11テロが起きたことで、現実感をともなって見られるようになってきました。そういう脅威に対して日本の備えは十分かというと、まだまだしっかりしていない。自衛隊の部隊の態勢についてもそうだし、有事法制や国民保護法制も徐々に整備はされてきましたが、まだ不十分です
われわれは与野党を超えて、自民、公明、民主の三党で来年には緊急事態基本法を制定しようとしています。その真の狙いは、「大綱」の見直しと連動する形で、制度面の整備をしっかりやっていこうということです。また、われわれが「危機管理庁」の設立にこだわるのは、緊急事態が起きたときに本当にいまの警察、消防、防衛庁、海上保安庁等々の体制で対応できるのかという心配があるからです。現在は、危機管理体制を司るはずの官邸の権限強化がなされていませんし、防衛庁なりほかの役所が予算要求をしやすい形にするためにも、柱になる防衛大綱のようなものが必要です。 もちろん、アメリカとの防衛関係の変質、また有志連合という形も出てきているなかで、日本の果たすべき役割が変化してきていることが今回の「大綱」見直しの大きな柱であることは間違いありません。

日本は民主主義国家で、選挙で選ばれた多数が与党を構成し、その中から総理大臣が選ばれ、内閣を組織する。つまり独裁国家と違って、国民の理解のない外交はありえません。先日、沖縄で大学構内に米軍ヘリが墜落する事故がありましたが、機体そのものに対する日本側の現場検証が拒否されてしまいました。地位協定があるというアメリカの言い分も分りますが、私は事故直後、アメリカ大使館で駐日臨時大使にお会いして「地位協定で、あるいは合意書でこうなっているからと紋切り型の対応をしていては、日米同盟はうまくマネジメントできませんよ」と申し上げました。このようなことでは日本は、西元さんがおっしゃったアメリカの戦略に沿って、果たすべき役割を押し付けられているというイメージで国民は捉えてしまう。だから日本側も、同盟関係はこのようなものにしたい、こうしてもらいたいとアメリカにしっかりすることが必要です。そして、国民に外交、安全保障、防衛について説明し、同盟関係が本当に必要であれば、説明責任を果たし、うまくマネジメントしなければならない。そこが一つ目のポイントです
二つ目のポイントはその前提として、基地問題に関して、日本がいま不利益を被っていると思われる点について、アメリカにしっかりものをいえるかどうかということです。私は、普天間基地は代替施設なしで返還交渉を進めるべきだと思いますし、主にアメリカが握っている航空管制についても日本が主体的に行えるように主張すべきだと思います。もちろんコインの裏表として、日本は同盟国として何をするかということも語らないといけない。周辺事態において集団的自衛権を行使できるのかどうか、あるいは今後食糧、エネルギーも含めたアジア太平洋地域におけるシーレーン防衛が非常に大事になってきますが、その集団安全保障に日本は積極的に関与していくということがいえるのか。
これらをベースにした上で、憲法改正の議論を行うことが大切です。形而上学的な議論に陥らず、地に足のついた議論に持っていけるかどうか、そこがわれわれ政治家の持つべき大事な観点だと思います。



自衛隊の国際貢献について

-日本はどのような形で国際協力に参加すべきか、そしてその際に自衛隊をどう位置づけるべきか、前原先生はどうお考えですか。

前原 二つの側面があると思います。
一つは国連加盟国であり、近い将来の安全保障理事会の常任理事国入りを目指す国として、応分の平和構築・平和創造・平和維持活動に参加する姿勢が必要だということです。
もう一つは、同盟関係の多様化にともなって、国際貢献が同盟関係をマネジメントしていくための手段の一つになるということです。単に基地を提供し、思いやり予算を出すといった狭い意味のものではなく、大きな意味でのバランスを同盟関係の中でとっていかなければならない。そのために国際貢献は必要になってきます。 わが党でも、平和維持活動について、国連待機部隊構想など自衛隊と別組織にしてはどうかという議論も出ていますが、私はまったく枝葉末節の話だと思います。主権国家として日本がこの活動をすることが必要だと判断するわけですから、別組織であろうが自衛隊であろうが、国際社会に対してはまったく同じ意味を与えると思います。
問題はどこまでの活動を行うかという事ですが、いきなりトップギアに入れないほうがいい。何でもやれることを前提にしながらも、まずはロー、そしてセカンドに入れていけばいいと思う。なかでも、できるだけ早くやらなければならないのは、マイナー自衛権の問題の克服です。
いまサマワで自衛隊が活動していますが、その治安面の面倒を見てくれているのはオランダ軍です。しかし、オランダ軍が攻撃された場合、今の法律では自衛隊が加勢することはできない。これではまさに国際貢献の名が廃るというか、まともな国際貢献はできない。復興支援であっても、マイナー自衛権を付与して、自らの活動は自ら責任を持てる態勢にすることが大事です



長々と引用しましたが、憲法9条改正、日米同盟のあり方、日本防衛に関する考え方、自衛隊の国際貢献に関する考え方は、現実的で納得させられるものがあります。

続いて、靖国参拝についての前原氏の主張。

小泉総理の靖国神社参拝について考える 朝日新聞2001年8月12日から抜粋

首相の靖国神社参拝をどう思いますか?

私は本来、公人が8月15日に参拝することには否定的です。戦争を仕掛けた人間がまつられており、いくら平和を祈念するためといっても、侵略された国は納得できない。もし日本が侵略されていた(逆のケースな)ら、いくら理屈を並べても理解できない


と、まるで極東3国、国内の社民党、共産党の議員か?と思わせるような内容。靖国参拝に反対する理由として、戦争を仕掛けた人間が祀られている、侵略された立場なら理解できないなどと、反日の人々がそろって叫んでいる日本悪玉論をそのまま踏襲した内容・・・

日本が過去に行った戦争については、相手もあることですから、被害を被った人々は怒りをお持ちでしょう。それは理解します。
しかし、日本にだって自衛戦争であったと言える側面もあるわけです。
そして、多くの靖国神社に祀られてる英霊は日本を守るため、戦って散っていったのです。
数で云々はいけない事なのかもしれないけれど、東京裁判で死刑判決をうけたA級戦犯が何名か合祀されているからと言って、全体を見ないで参拝はしないなどという神経が私には理解できません。


次に中国、北朝鮮に関する氏の発言等を紹介します。

対中国ODAについて

政論 2002年通常国会 ODAのあり方から引用

他国に年間約六百億円ものODAを供与している中国は,軍事費も伸び,日本と競合する産業分野も出ているのに,日本から中国へのODA(年間千六百億円)は見直されないままだ。すべてのODAを,いったんゼロベースで見直し,人道的観点▽国益▽環境など目的別に必要性を検証する必要がある


対中ODAを一旦打ち切るべきとぶち上げたものの、最近の京都新聞によるアンケートには対中ODA打ち切りに反対してます。

その他、このアンケートにはいくつかの質問があって、気になる箇所をいくつか並べてみたいと思います。

北朝鮮に対する経済支援を打ち切るべきかとの質問に、× つまり、打ち切るべきでないと答えてます。以前はどういう発言をしていたかというと・・

選択 2002年4月号から引用

~北朝鮮には毅然とした態度で望むべし~

確かに、朝銀の融資でよくあるケースは、一般の金融機関が、ある土地や建物を担保に目一杯融資した後に、各朝銀から信じられない金額の追加融資が次から次へと行われるというものです。そして、そのお金が総連へ流れ続けていたのです。

去る2月26日、私は衆議院予算委員会でこの問題を取り上げ、小泉総理、柳沢金融担当大臣らを質しました。柳沢大臣は総連へのお金の流れは認めたものの、総連の指令、つまり組織ぐるみの犯行かどうかについては、自分の所管外との理由で明言を避けました。小泉首相は組織ぐるみか否か調査を約束したものの、いまだ明確な結果報告を政府から受けていません。

現段階では、朝銀に関わる刑事・民事事件はすべて、個人の犯罪として矮小化されようとしています。総連への資金上納問題は、許宗萬責任副議長を頂点とする、まさに組織ぐるみの犯行であるとの事実認識に立つことが、問題解決の第一歩であり、国はこの点をあやふやにすべきではありません。

さらに問題なのは、総連への資金の一部が北朝鮮本国に送金されていたということです。これは私が話を伺った総連元幹部の方々が皆、異口同音に話してくれた事実です。

実名公開を快諾してくれた韓光煕総連元財政副局長は実際、1989年に平壌で開かれた第13回世界青年祭の経費として2億円と50万ドルを自ら持っていったと証言しています。方法としては、新潟と北朝鮮の間を行き来する客船「万景峰号」に現金を持ち込むのです。

税関の目をごまかすため、「万景峰号」に乗り込む在日の乗客150人から200人に、例えば100万円ずつ入った封筒を渡せば、それで1億5千万円から2億円の現金を本国に持って行くことができます。このような手口で、繰り返し北朝鮮に朝銀マネーも含む現金が送り続けられました。

北朝鮮は日本人を拉致するなど、日本の主権を侵害し、安全保障を脅かす問題の多い国です。そのような国に朝銀マネーのような現金が総連経由で送られ、朝銀破綻の穴埋めに我々の税金が1兆円以上も使われるのです。こんな理不尽なことはありません。
小泉総理は予算委員会で私の質問に対して、「本国送金の問題も調査する」と約束しましたが、このような状況を今まで看過ごしてきた政府の責任問題を含めて、国民に納得できるような結論を導くべく、徹底した追及を続けます


と、北朝鮮に対してかなり厳しく対応するべきであると主張されているにもかかわらず、経済支援すると変節なされたのは、なぜでしょうか?

注目すべきは、最近になって対中ODA続行と北朝鮮への経済支援に賛成に意見が変わっているという点です。(○×によるアンケートなので、どういう趣旨なのか、細かくはわかりませんが・・)


さらに、定住外国人に対する参政権付与にも賛成しておられる模様。
今年の民主党マニフェストにあった、国家主権の移譲や共有などといった政策にも賛成しておられるとしたら、前原氏の9条改正、日米同盟維持、自衛力の強化などといった政策も説得力を持たなくなります。

もし将来、前原氏が総理となって、日本がどこかの国に攻め込まれ、自衛の性格の強い戦争に巻き込まれた挙句、敗戦したとしましょう。
先の大戦と同じようにリンチ裁判が行われ、日本は侵略国家だと烙印をおされ、総理以下指導者が死刑になり、戦死した兵士は慰霊施設に祀られ、戦後何年か経った段階で死刑になった指導者も死刑になったのだから罪は償ったと、同じ施設に祀られたとしましょう。

国を守る為に戦った兵士を慰霊するのは当然。多くの国民がお参りにいくでしょう。当初はなんの問題も無かったはずのお参りが、ある日突然外国から難癖をつけられ、指導者はそんなところに参拝すべきでない!
即刻やめろなどと言ってきたとしたら、どう思うのでしょうか?

戦争は一国ではできません。相手があってのものです。
日本がいくら平和国家になったと訴えてみても、未だに近隣の国は、
日本帝国主義の打倒だと怪気炎をあげ続けています。
北朝鮮や中国はいつ日本に対して戦争を仕掛けてきてもおかしく無い国です。

もし戦争になった時、実際に戦争に行く兵士達はどうおもうでしょうか?万が一負けた場合、国が慰霊してくれない、国民にも忌避されるということになるかもしれないと思えば、死んでしまう確率が高い前線の兵士などは本当に戦ってくれるとおもうのでしょうか?

前原氏の様な歴史認識では、反日国家にとって、カモネギも同然。
靖国問題は反日国にとっては、いろんな意味で便利なカードです。
最初から相手におもねっているようでは、どうしようもありません。
自分が総理になって同じような歴史をたどる事を想像してみれば、
軽々しく靖国参拝反対などと言えないはずです。

前原氏には安全保障、官公労などの影響力からの脱出等、期待できる部分があります。新たに代表となられたのですから、反日に臆することなく、頑張ってもらいたいものです。

またまた長文となってしまいました・・読んでくださった方、お疲れ様でした。そしてありがとうございました。


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民主党の行方 ③ 新代表 前原氏研究 1
本日は、民主党新代表前原誠司氏について、情報を集めてみましたので、氏の政治信条、過去の発言からどういう人なのか研究してみたいと思います。

前原氏の発言等のまとめは、ぼやきくっくりさんのブログが大変参考になりますので、リンクを貼らせて頂きます。

昨日のエントリーで前原氏の簡単なプロフィールについて書いておりますので、ここでは割愛しますが、京都大学卒業後、松下政経塾に入った後、京都府議会議員となる。社会人経験なし。
では、府議会議員になった後の前原氏の活動を並べてみたいと思います。
以下、MPI経営・政策勉強会 京都、前原氏インタビューからの引用。

厚生労働、環境対策委員、同和推進副委員長、文教委員を歴任

京都は大阪とならんで、同和対策に力をいれている所ですので、新人議員でありながら副委員長を勤められてるのは異例なのかなと思ったりします。
また、氏の安全保障に関する考えと、いわゆる歴史認識に奇妙なズレがあるのは、この辺に理由があるのかもしれません。

では、そのあたりを詳しく書いていきたいと思います。
このインタビューには、前原氏がどのように始めての選挙戦を戦ったという苦労話が掲載されています。

――――地盤やカバンはどうだったのですか?

苦労したのは、この地盤とカバンがないことでしたね。
この左京区というのは、ぼくの生まれた場所ですが、親父が死んでからは、山科区に引越したんです。ですから中学2年生からずっと離れていたので、そのとき住んでいた山科で出馬するか、生まれ育った左京で出馬するかずっと迷ったんです。
結局、生まれ育ったところということで、左京で立候補して、今に至るんですけれども。

地盤・カバンの問題もありますけど、まずは、まあ、票を集めなければならない。
票を集めるっていうことは、これはねずみ講と一緒でね。知り合いから知り合いを辿っていくわけですよ。これが大変でしたよね。だから、昔の小学校の同級生、またはその親御さんといったところを辿って、紹介してもらうんですよ。

だから本当、ねずみ講とかわらない。ゼロからスタートしていくわけですね、だから本当に砂に水をまくようなものでした。ポスターも自分で貼っていかなくてはいけませんから、かといってどこにでも貼ってもいいものでもないですし、したがって、一軒一軒たのんでいくわけですよ。今でも覚えていますよ。9月の23日、
平成二年の秋分の日に、ポスターを貼り始めたんですけど、半日回って、三軒しかOKをもらえなかった。ず~っとまわったのにね。
だから、そういうものをやっていくのは本当に気が遠くなるような作業だった。
ただそれを続けていけば、支援者というのは自然とひろがるもので、大体そうですね、
八ヶ月で1万件くらい歩いたんですよ、家を。今でも忘れませんよ、
9678票という票をいただいたのは、回ったぶんだけ票がでたかんじでしたね。
で、半日で3枚しか貼れなかったポスターも、おかげで、選挙の直前には2000枚くらい
貼れたのかな、左京区で。
毎朝月曜から土曜まで、七時半から九時まで、街頭演説をやり、そして、十時くらいから
夜の六時七時くらいまでは、家をあるき、そしてそれから残務整理をする
という毎日を続けていました。

で、戻るんですが、大変だったのは、体の大変さと同時にお金がかかるんですね。
事務所をかまえる。ポスターをつくる。名刺をつくる。ビラを作る。
あるいは、事務所にアルバイトのひとを雇わなくてはいけない。
アルバイトだけじゃなくて、手伝ってくれるひとがいるかもしれない。
ことお金がかかって・・・、これは本当賭けでしたけどね、
最終的に選挙が終わるころには借金が残った。落ちていたら大変なことになっていた。
収入がないのに、借金があって。この借金も、いわば応援してくださる方が、無担保で、出世払い的にかしてくれるのが多くて、あとは母親が持っていたマンションを担保にして・・・、
だから下手をしたら、家がなくなってしまうリスクを背負ってやりましたけどね。
いまとなっては笑い話ですみますけれど、その当時は落ちていたら大変なことになっていた。

――――そういった地道な努力と前原さんのご人望によって、今があるというわけですね

いやまあ、なんかやろうとおもったら、リスクをとるかとらないかっていうのはありますよね。
安全なところでは、なかなか新たなものっていうのは、うまれてこない。
商売と一緒じゃないですか


選挙には大変なお金がかかります。そのあたりの苦労がこのインタビューからはにじみ出ていますね。立候補する議員にはいろんな人や団体が近寄ってきて、選挙資金をカンパしたり貸し付けたりと、援助をする見返りに自分達の意見を議会に反映させてくれるよう陳情します。

議員にとって、物心両方の支援をしてくれる支援者というのは、大変頼もしいと同時に、自分の政治信条とは違った要望を訴えてくる場合は厄介であると思います。
前原氏の支援者の詳細はわからないので、はっきりと書く事はできませんが、支援者の中に同和対策を求めてくる人がいたのかもしれませんね。

同和、在日、中国、朝鮮半島と聞けば、反日、人権、差別といったイメージが真っ先に浮かび上がってきます。かなりの分野で共闘関係にあるように見えるこのグループからの支援があったとすれば、前原氏の安全保障政策と歴史認識に関する乖離の理由を知るヒントの一つになるのではないでしょうか?

長くなりましたので、続きは次のエントリーとさせて頂きます。


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民主党代表選結果
先ほど、民主党代表選の結果が出ました。
ものすごい接戦の末、前原氏が代表に選出されたようです。

今回の代表選、次の参院選をにらんで現職の民主党参議院議員の多くが前原氏支持に回ったのが要因だそうです。

新執行部の人事を見ないとコメントしにくいですが、まずは新しい代表を選んだ事を評価したいと思います。

前原代表は先ほどの記者会見で、人事はバランスではなく、適材適所で行くと言っておりました。さてさて、あらゆるグループから満遍なく集めるなんていう事が起こらなければいいのですが・・・

明日以降、人事の発表があると思うので、要チェックですね。
あ、それと、たった2票差で落選された管直人氏、お疲れ様でした(笑)


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民主党の行方 ②
本日午前10時に民主党党首選立候補者募集締め切りだそうです。

昨日のエントリーで書いたように、管直人氏、前原誠司氏の両名で争われる模様。愛知のケネディー(笑)川村たかし氏も立候補を希望してましたが、推薦人の数が20名に到達しないようで、今回は見送りになる様子です。

前原誠司氏(ネクスト防衛庁長官、好きな食べ物 鰻、玉子焼き)

この前原誠司氏、政治に興味のある方には、安全保障政策のスペシャリストとして知られていますが、一般にはまだ顔と名前が一致しない程度の無名議員と言ったところでしょうか。

そういう私も、氏の政治活動にはそんなに詳しくありませんので、前原氏のHPから引用してみたいと思います。

出身は京都、京都大学卒、松下政経塾出身の43歳。
平成3年京都府議会議員選挙において当時最年少の28歳で初当選を果たす。
2年後の衆議院議員選挙で国政へ。以後連続5期当選。
党では安全保障政策を中心に担当し、スペシャリストと呼ばれる。
 
と、ざっくりと紹介するとこんなものでしょうか。
私の前原氏のイメージは、早い時期から憲法9条の改正を訴えており、
現実的安全保障論を理路整然とゆっくり話す冷静な話し方に好感を持った覚えがあります。

今回の衆院選大敗を受けて、民主党を戦う集団にしていくと、いち早く訴えて代表戦に立候補したのが前原氏でした。

安全保障以外の政策に関しては、管直人氏とは反対の小さな政府思考で、民主党の支持基盤である労組などの依存体質をやめると言っておられます。本来、郵政3事業民営化が持論であったのだが、前回の国会では党議拘束により反対。

次回の衆院選を考える場合、小さな政府思考の小泉自民党との対立軸を明確にするのは難しいように思えますが、次期民主党執行部を右派の若手で固める事ができれば、政策各論で十分戦えると思っています。

一方、大きな政府思考の管直人氏に代表される左派(旧社会党がほとんど)になれば、従来の野党体質から転換する事は難しく、どのみち自爆ブーメランが炸裂して、自滅の道をたどる事になると思われます。

前原氏にも弱点に見える主張がいくつかあって、昨日のニュース23での発言で、靖国参拝反対、アジア重視などと、岡田代表と同じようなことを言っておりました。中国や韓国に懐柔される恐れは十分にあるかも。

いずれにしても、2大政党は時代の流れ。本当に自民党に取って代われる政党を作らなければならないので、ここは一つ、未知数ながらキラリと光る前原氏を次期代表に選ばれる事を願いたいと思います。


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民主党の行方
今月11日、歴史的敗北を喫した岡田民主党。
大敗の責任を負って党首以下執行部辞任という事態になりました。
明日17日、新しい党首を決める選挙が行われるようです。

今回の党首選挙、どうやら菅直人氏、前原誠司氏の二人に絞られた模様。

菅直人氏 (旧社民連出身、厚生大臣経験あり)

この御仁、なにかとネットの世界で話題を振りまいてくれるネタ職人として、毎度楽しませて頂いております。

厚生大臣時代には、薬害エイズ問題、O-157問題で辣腕を振るったと自画自賛するも、当時のイメージはかいわれを大量に食べて見せたり、えらそうに前政権を批判しながら謝罪(血友病患者、らい病患者に対して)する変わった人という印象でした。

当時私はまだ10代ということもあり、行政の責任者でありながら、自らの所属する厚生省に戦いを挑み、自ら謝罪してみせるという姿に、失望してばかりいた政治家に一筋の光を見た想いでした。

しかし、私のそれ以後の菅氏のイメージは、坂を転げ落ちるようになります。

根っからの野党人である菅氏は、批判する能力には長けていましたが、
厚生大臣を経験して有名になってからは、自らが批判の対象となることが予期できなかったのか、次々とボロをさらけ出していくことに・・

元ニュースキャスターとの不倫報道の際には、記者の質問に即ブチキレて曰く、そんなものに説明責任はない!と言い放ち、テポドンが飛んできたらどうする?との質問には、一発なら誤射かもしれないので、飛んできてから考えると答え、私を唖然とさせてくれました。

民主党を鳩山氏らと結成し、政権交代をうたい文句に議席を伸ばし、自らが代表に就任した2002年、氏は人生の絶頂期に突入したかに見えました。が・・

その後の菅氏は必殺技自爆ブーメランを駆使し、世襲議員はけしからんと2世、3世議員を批判したその直後、失業中の息子源太郎氏を岡山から立候補させたことが問題になり、選挙区が違うのだから世襲ではないとすばらしい論理で逃げ切りを図りますが、国民の失笑を買いました。

まだまだ菅氏の必殺技は輝きを増していきます。
年金問題が国会で話題になったときは、与党自民党の閣僚3人が国民年金未納が発覚するや、街頭に出て、国民年金未納の大臣はけしからん!
未納3兄弟だ!辞任しろ!と要求しますが、自らも未納だったことが発覚し、あえなく代表を辞任する羽目になりました・・

思えば、民主党が結党された当時、何だかよくわからんが、社会党とは違う大きな野党が出来て、これで日本は変わるのかと心の中で喜んでおりました。選挙があるたびに民主党に期待を込めて投票に行ったものです。

そんな私の期待を見事なまでに裏をかき、失望どん底にぶち込んでくれたのが菅代表率いる民主党でした。未納で辞任してからは、岡田克也氏に代表の座を譲り、自らは四国へお遍路さんの旅に出て、てっきり世俗の垢をこそぎ落として帰ってこられるのかと思えば、以前と変わらないへらへらと意味の無い笑顔を浮かべ、ちらちらとカメラ目線で国民によくわからない話をぐだぐだと話しておられます。

未納ブーメランで党首辞任という結党以来の危機に立たされた民主党は新しい党首として、よく言えば、真面目で硬派、悪く言えば堅物のフランケンに見える岡田代表を選びます。
本来、自民党出身の岡田代表は保守派かと思えば、元社会党の面々に執行部を固められて急激に左旋回。元来の生真面目さが災いして、愚直に小泉総理を批判するも、本当に日本人ですか?と思わせるような行き過ぎた言動により、ネットの世界でサンドバックにされ、若年層からそっぽを向かれてしまい、突然の郵政解散で小泉総理に一方的に殴られ、必死に抵抗するも反撃できず、圧倒的大差で敗北しました。

そんな中、新しい民主党を作るべく立ち上がった前原誠司氏に対抗し、菅直人(必殺技:自爆ブーメラン)氏が立ちふさがります。
前原氏は知名度がブーメラン氏には遠く及びませんが、若手の中でキラリと光る期待の星。せっかく衆院選で大敗し、与党絶対安定多数での国会運営でしばらく選挙も無いでしょうから、若手に代表と執行部を任せるという手はないのかな?と思ったりしますが、そこは菅直人氏。今度も空気が読めません。

さて、今度はどんなネタを提供してくれるのか今からわくわくしますね。

最後に、今回が初のエントリーという事で、気合が入りすぎて長文になってしまいました。初めてのブログですので分からないことだらけですが精進してまいります。宜しくお願いします。



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